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第14話 新たな侍従5

 翌朝、目を覚ますと、いつものようにセオはいなかった。  代わりにライリーの視界に入ったのは、イーデンだ。気付いたら、寝台の傍まで近付いてきていた。 「おはようございます、ライリー様。昨晩はよく眠れましたか」  にこりと笑って挨拶をするイーデン。その笑顔に他意はない……と思うのだが、ライリーはなんとなく身構えてしまう。 「お、おはようございます、イーデンさん。はい、ぐっすりと眠れました」 「それはようございました。そろそろご朝食のお時間です。お着替えいたしましょう」 「は、はい」  寝台から下りようとして、はっとする。途中で目を覚まさなかったため、全裸のままだ。 (ま、また見られる!)  下着姿ならともかく、全裸を見られるというのはやはり恥ずかしい。 「あ、あの、イーデンさん。下着を身に付けるので、あっちを見ていてもらえませんか」  イーデンは不思議そうな顔をした。 「お手伝いいたしますが」 「い、いえ! 下着くらいは自分で穿きます!」  大の大人が下着まで穿かせてもらうなんて、恥ずかしいを通り越して屈辱的だ。  切実な訴えは、幸いにも通った。イーデンは壁側に体を向ける。その隙に、ライリーは急いで下着を身に着けた。  ようやく寝台から下り、今度はイーデンの手を借りて王婿衣装に着替える。 「ライリー様」  背後に立つイーデンが、体を密着させてきた。吐息が首筋に当たるほど距離が近い。そのことに体がびくっとする。 「な、なんですか」 「陛下はどのようにライリー様をお抱きになるのですか」 「は!?」  思わず素が出てしまった。  セオにどんな風に抱かれているのか、だと。そんなことを答えられるはずがないだろう。というか、それを知ってどうするのだ。 「い、言えませんよ」 「では、陛下はどのような愛の睦言を囁くのでしょう」  だから、それを知ってどうする。  顔を真っ赤にして、しどろもどろになっているライリーに気付いたのだろう。イーデンは我に返ったように「申し訳ありません」と謝罪した。 「わたくし、経験がないものですから。興味がありまして。ですが、不躾な質問でした」  経験がないから興味がある。なるほど、そういうことか。 (た、確かに年頃なんだから、その手のことに興味を持つのは普通だよな……)  王婿相手に聞くことじゃないだろう、とは思うが。  けれど、悪気はないのだろう。意地悪で質問したようには感じられない。謝罪してくれたことだし、ここは寛容にいこう。 「イーデンさんにも誰かよいお相手が見つかるといいですね」  さりげなくイーデンから離れつつ振り向くと、イーデンは「いいえ」と首を横に振った。にこりと可愛らしく笑う。 「私は一生ライリー様にお仕えする所存です。……他のお相手などいりません」 「え? で、でも」  戸惑うライリーの両手を、イーデンはそっと包み込んで持ち上げる。その際、指と指が絡み合う形になって、ライリーは内心ぎょっとした。 「ずっと、お傍に置いて下さい。ライリー様のお傍にいることが私の幸せです」 「お、お気持ちは嬉しいです、けど……」  まだ昨日の今日という間柄なのに、なぜそこまでライリーを慕っているのだ。  二年ほど前にも関わりがあったというが、それにしたって好意が過剰すぎるのでは。手巾を貸しただけで、好意のバロメーターがここまで上がるものなのか。  ――というか。 (まさか、恋愛感情を持たれているんじゃない、よな……?)  もし、恋愛感情を抱かれているのだとすれば。そうすると、昨日のお風呂場での出来事も、先ほどの不躾な質問も、納得はいく。  侍従の役目というのを建前にして、あわよくばライリーとどうこうなることを狙っているのでは……と考えるのは、さすがに失礼だろうか。 (ど、どうしよう……)  いや、どうするべきなのかなんて決まっている。セオに相談すればいい。どうやら侍従に好意を持たれているようで困っている、と。  普通の感性の持ち主なら、即刻解雇するだろう。そうしたら、あっさり問題は解決だ。  ……でも。 (後宮を追い出されたら、イーデンさんはどうなるんだ)  貴族令息でオメガなら、婿の引く手は数多のはずではある。だが、本来は『ライリー・ハイゼル』の夫となるはずだった男だ。もしかしたら、婿の貰い手が見つからないのでは。  そうなると、家督を継がない貴族令息なんて、自分で生計を立てるしかなくなる。それをイーデンにできるのだろうか。  本来はライリーが幸せにするはずだった相手だけに……責任を感じる。少なくとも、後宮で働いていれば、衣食住に困ることはないのだ。  どうすれば、イーデンのためになるのだろう。  それからは、人知れず思い悩む日々だった。  入浴時の件は、入浴中は一人にしてほしいと伝え、脱衣所にも鍵をかけるようにした。よって、もう浴室に乱入されたことはない。  キスされるだとか、寝台に押し倒されるだとか、そういったこともない。  そもそも、告白されたわけでないのだから、ライリーに好意があるのかもしれないというのは、ライリーの憶測に過ぎないわけで。単に人として慕ってくれているだけなのでは、という気もしていた。  白黒はっきりしないグレーな状況。ただでさえ、毎夜のようにセオの夜伽役を務めて心身ともに疲弊している中、イーデンのことで精神をすり減らすというのは、想像以上に肉体に負荷がかかった。  結果、秋を迎えた頃には――知恵熱を出して寝込む羽目になった。

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