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第17話 新たな侍従8

 それから数日間、ライリーはゆっくりと療養した。  もうそろそろ大丈夫だろう、と活動を再開した朝のことだ。実家のハイゼル侯爵家から手紙が届いた。差出人は、弟のフィンリーだ。 『拝啓 兄上様。お元気にしていらっしゃいますか』  文頭はそう始まっている。丸っこい可愛らしい字で書かれた手紙を読み進めていくと、内容はハイゼル侯爵家の近況報告と愚痴に近い相談事だった。 『最近、父上と父さんが喧嘩をしていまして。どうしたらいいのか困っています。兄上がいてくれたら、と思わずにはいられません。時間が解決してくれるでしょうか』  仲睦まじい父と生みの父が喧嘩。珍しいこともあるものだ。  詳しい事情が書かれていないのでアドバイスのしようがないが、まぁ痴話喧嘩のようなものだろう。フィンリーの言う通り、時間が解決してくれるはずだ。  広間で手紙に目を通した後、早速返事を書こうと立ち上がった時。ふと天啓が閃いた。 (これだ!)  イーデンのことで悩んでいる一件。誰かに相談しようにもどう説明すればいいのか分からずにいたが、これならいいのではないか。  善は急げ、だ。フィンリーへの返事は後にすることにして、ライリーはほとんど駆け出すようにして赤薔薇宮を出た。  向かった先は、赤薔薇騎士団の営所だ。そこで赤薔薇騎士団長のダレルを呼び出した。 「ライリー様。いかがされました」  不思議そうな顔をして、呼ばれたダレルがやってくる。 「お体の方はもう大丈夫なのですか」 「はい。すっかり元気になりました。お忙しいところすみません。ちょっと、相談に乗ってもらえませんか」 「それはもちろん構いませんが……私でよろしいのですか」 「ダレルさんがいいんです」  ダレルは、赤薔薇宮では年長者。人生経験が豊富だ。相談するのにこれほど頼もしい相手はいない。  護衛騎士といえど、子を孕ませられる性別だ。二人っきりでいるのはあまりよろしくないため、大勢の赤薔薇騎士たちの目がある場所で、ライリーは相談をもちかけた。 「あの、実は友人から手紙が届いたのですが、とある相談をされまして。その返答に困っているんです。ダレルさんならどうするかなと思って、お話を聞きたくて」 「それは光栄なことですな。お役に立てるか分かりませんが、伺いましょう」  木製のベンチに隣り合って腰かける。  秋といっても、周辺にある木々は紅葉していない。まだまだ残暑が厳しいためだ。もう二ヶ月もしたら、赤く色づくだろうとは思うが。  まぁ、それはともかく。ライリーは練った設定をさも事実のように説明した。 「ありがとうございます。それがですね、既婚者の友人が職場の後輩に思いを寄せられていて困っているそうなんです」 「ほう……よくある話ですな。ですが、ライリー様が返答に困っているということは、それだけではないのでしょう?」 「はい……その通りです」  ライリーは膝の上で指を組み、目を伏せた。 「それが、友人の話によれば。その後輩をきちんと振って、職場を退職してもらうのは簡単なことなんだそうです。ですが、そうするとその後輩は再就職ができず、また結婚もできずに路頭に迷うかもしれないそうで。それを考えると、現状を維持した方がその後輩のためになるのだろうかと、友人は迷っているそうなんです」  突っ込みどころがある話のような気がするが、ダレルは根掘り葉掘り聞いてはこない。ただ黙って、真剣に耳を傾けてくれていた。 「……なるほど。ご友人はお優しい方なのですね」 「そう、でしょうか」 「そこまで相手の身を案じるのは、お優しいからです。そして責任感が強い。きっと、その後輩の幸せを心から願っておられるのでしょう」  そう相槌を打ってから、「ですが」とダレルは諭すように続けた。 「ご友人がその後輩の人生を背負う必要はありません。人生とは自分の手で切り開くものだ。どう生きるかを決めるのは、いつだって自分自身です」 「……その結果、路頭に迷うことになっても?」 「自分の人生の責任をとれるのは、結局自分でしかないのですよ。それにその後輩が路頭に迷うかどうかは分かりません。どこかで大成するかもしれないし、結婚相手だって失礼ながらご友人よりもいい人が見つかるかもしれない。現状維持するというのは、確かにそれ以上悪くはならないかもしれませんが、同時によりよくなる可能性も奪うのです」 「よりよくなる可能性……」  言われてみると、そうだ。  イーデンがもっと他の素敵な相手と結婚する未来がないとは限らない。一生独身になってしまう可能性も否定できないが、だからといって後宮に置いておいた方がいいという考えは、その明るい未来の可能性を奪ってしまう。 「お相手の幸せを願うのであれば、お相手のことを信じて見守ることも大切です。大丈夫、人というのは案外、強く生きていけるものですから」  イーデンのことを信じる。  身を案じるばかりで、大切なことができていなかったと、ライリーは気付く。 (そうか……そうだよな。子供のように守られてばかりの人なわけがない)  後宮を追い出された後、どうするのだろうというのは、きっとお節介なことなのだ。  ライリーにイーデンを幸せにすることはできない。思いに応えることはできない。  ライリーがすべきなのは、きちんと誠意をもって断り、あとはイーデンを信じて幸せになれるよう願うことだけ。今ようやくそう理解した。 「ありがとうございます。ダレルさん。相談に乗ってもらって」  ダレルに相談してよかった。ライリーの悩みは、独りよがりな善意なのだと、気付けた。 「いえ。月並みなことしか言えず、申し訳ない」 「そんなことはありません。大変参考になりました。赤薔薇宮に戻ったら、早速友人に返事を書こうと思います」  ベンチから立ち上がって、立ち去ろうとすると。ダレルが呼び止めた。 「ライリー様。もう一つ、助言させて下さい」  足を止めて振り向くと、ダレルはあくまで真剣な顔で言った。 「もし、ご友人がお相手を振るのであれば。こっぴどく振った方がよろしいかと」 「え? こっぴどく?」  イーデンのことは誠意をもって振ろうとは思っていたが、よくある「気持ちは嬉しいが、その気持ちには応えられない」と言おうと思っていたのだが。 「どうしてですか」 「中途半端な優しさは残酷だからです。頑張ったら振り向いてもらえるかもしれない、と思わせては、双方のためにならないでしょう。冷たく拒絶するくらいが、ちょうどいい。いっときは落ち込んでも、諦めて前に進めますから」  なるほど、と思う。  さすが、ダレルは助言が的確だ。だてに年長者ではない。 「分かりました。そのことも友人に伝えます。本当にありがとうございました」  今度こそ、ライリーはその場を後にした。  その日の夜も、セオは顔を出してくれた。  ライリーの体調が完全に戻ったと聞いたら、安堵していた。 「よかった。これからはもっと優しく抱くから」  ――頻度を控えるわけじゃないのかよ。  突っ込みを入れるのは心の中だけにとどめる。それよりも、セオに話したいことがあるライリーは、すぐに話題を変えた。 「セオ。あの、さ。話があるんだ」 「ん? どうした、改まって」  不思議そうな顔をするセオに、ライリーは意を決して口を開く。 「この前、話せなかった悩み事についてなんだけど。実は――」

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