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第18話 新たな侍従9

「イーデンさん。今、お時間よろしいですか」  翌日、ライリーは玄関で花を生けているイーデンにそう声をかけた。  イーデンは不思議そうな顔だ。まさか、先日の独白に近い告白が、ライリーの耳に届いていたとは微塵も思っていないようだった。  一方で、どことなく嬉しそうな顔でもある。ライリーから話しかけられたことがよほど嬉しいんだろう。  ちくりと胸が痛んだが、それは押し隠して、あくまで淡々と続けた。 「私の部屋にきて下さい。そこで少しお話しましよう」 「は、はいっ」  先を歩くライリーの後ろにイーデンが続く。その間、会話はしなかった。  ほどなくして自室に到着し、部屋の中央でイーデンと向かい合う。緊張からくる胸の強い鼓動を深呼吸して宥める。  ――言え。言うんだ。心を鬼にして、毅然と。  数拍置いて、ライリーは切り出した。 「イーデンさん。――私はあなたの思いには応えられません」  唐突だろう言葉に、イーデンは面食らっていた。 「……え?」 「先日、あなたの独り言を聞いてしまいました。私を慕っているという旨の独白を。しかし、私はあなたのことを侍従としてしか見ていません。それ以上でもそれ以下でもない」  ようやく事の経緯を理解できたらしいイーデンの顔が、さぁっと青ざめる。唇をきつく噛み締め、俯いた。  しばらく沈黙していたが、やがて震える声で絞り出す。 「わ、たしの気持ちは、ご迷惑ですか」  両手をぎゅっと握って言うイーデン。ライリーはきっぱりと答えた。 「ええ。迷惑です」 「…っ……」  イーデンの顔が、泣きたそうに歪む。  それでも、ライリーの表情は変わらない。変えてはならない。 「私がお慕いしているのは、セオ陛下だけです。今までも、これから先も。ですから、あなたに思いを傾けることは、絶対にない」 「そ、それでも構いません。私はライリー様のお傍にいられたら……」 「それは許容しかねます。私が不貞を犯しているのではという疑惑を抱かれかねない」  ここにはもう置いていけないのだと、言外に告げる。  ライリーは冷淡な目を、イーデンに向けた。 「この件はすでにセオ陛下にご相談しました。今日の午後、あなたと話をつけに赤薔薇宮にいらっしゃるそうです。その時にあなたの処遇が申し渡されるでしょう。それまで、部屋で待機していて下さい」  そう命じても、イーデンの足は動かない。拒否しているというよりは、予想しなかった事態に混乱して動けずにいるのだろう、と思う。  ライリーが出て行こうかと考えたが、いつまでも自室に立ち尽くされたままでは困る。 「早く出て行って下さい」  冷たく言うと、ようやくイーデンは反応した。 「は、い…っ……」  一礼してから、ゆっくりと踵を返す。ふらふらとした足取りで部屋を出て行く。  ぱたん、と扉が音を立てて閉まった。      ◆◆◆ 『イーデンさんから好意を持たれてるみたいなんだ』  ライリーから話を聞いた時、さすがのセオも呆気に取られた。  ライリーが誰かから思いを向けられることはあるかもしれない、とは思っていた。だって、ライリーは可愛いから。だが、まさかその誰かというのが侍従だとは思わなかった。  そのことに全く気付かず、普通にイーデンと接していた自分は、鈍いを通り越してバカだ。ハリスンが聞いたら、「笑わせたいんですか?」とからかうに違いない。 『ずっと、黙っててごめん……その、イーデンさんが後宮を追い出されたらどうなるのかが気になって、言い出しづらかったんだ……』 『謝らなくていい。よく話してくれた。あとは私に任せてくれ』  という話をしたのが、昨日の夜。  翌日である今日、セオはとある物を持って、赤薔薇宮に赴いた。目の前にある扉をノックすると、部屋の主から返答があったので、足を踏み入れる。  こじんまりとした部屋の中に入ると、部屋の主であるイーデンが跪拝の礼をとった。 「ご足労おかけしまして、申し訳ありません。陛下」 「いや。私がお前に用があったんだ。それよりも、顔を上げて立ってくれ」  イーデンは無言でセオの言葉に従う。改めてイーデンの顔を見ると、その表情は意気消沈しており、見るからに元気がない。 『イーデンさんには、俺からも話すから……』  ライリーから振られたのだろう。失恋したところにこれから追い打ちをかけるようで、少し気が引けるが、必要なことなのだとセオは自身に言い聞かせる。 「私が話をしにきた理由は分かるな? お前をこのまま後宮には置いておけん」 「……はい」  セオは意外に思った。思っていたよりも素直だ。ライリーから拒絶されたことがよほど堪えているのか。 「お前から侍従をやめると言うのなら、ありがたいが。理由付けに困るだろう。そこでだ」  セオは持っていた物――小さな花瓶を、差し出した。 「これを落として割ってもらいたい」 「え……?」  意味が分からないといった顔のイーデン。セオは淡々と続けた。 「『氷狼王』ならば、所有物を壊されたら腹を立てて追い出してもおかしくあるまい。……今回の件をそのまま上層部に報告すると、オメガ同士とはいえライリーに不貞の疑いが向けられる可能性がある。それは避けたいことなんだ」 「………」  イーデンはじっと目の前の花瓶を見つめた。が、なかなか手を出さない。  この花瓶を割れば、イーデンは後宮を去らねばならない。つまり、ライリーと別れねばならないということ。振られたといっても、自ら関わりを絶つ覚悟を決められないのだろう。  セオは急かさなかった。黙って、イーデンが決断するのを待つ。  そうしていると、どれだけの時間が過ぎたことだろう。 「……イーデン。お前は人を見る目がある」  唐突に口を開いたセオを、イーデンは戸惑った顔で見上げた。いきなり、なんの話だと言いたげな目だ。  だが、セオは構わずに一方的に話を続けた。 「それは誰しもが持ち合わせているものではない。その目を曇らせず相手を見定めれば、お前は必ず幸せを掴めるだろう」 「……私は」 「ただし、ライリーのことは渡さん。誰にも譲る気はない。だが、それでも」  真っ直ぐイーデンを見つめ、セオは笑んだ。 「ライリーのことを好きになってくれてありがとう」  ライリーのことを思う純粋な心だけは、否定してはなるまい。  イーデンははっとした顔をし、かと思うと、泣きたそうに唇を引き結んだ。そして、とうとう覚悟を決めたのか、花瓶に手を伸ばす。 「陛下。……どうか、ライリー様をお幸せにして下さいませ」  そう言うと。イーデンは花瓶を床に叩きつけるように落とした……。

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