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閑話2 変わる未来2(イーデン編)
ジョセフからダンスの誘いはなかったから、やはり眼中になかったのだろう。時間を無駄にしてしまった感は否めないが、まぁ息抜きはできたということでよしとするほかない。
今夜はレイノルズ侯爵邸に一泊することが許されている。あてがわれた客室で、ちょうど寝間着に着替え終えた頃だ。
――コンコン。
扉がノックする音が響いた。メイドだろうかと思いつつ「はい」と応えると、顔を出したのはなんとジョセフだった。
「遅くにごめんね。イーデン君」
「ジョセフさん」
ジョセフの傍にジェイクはいない。もう夜中だから、寝かしつけたのかもしれない。
イーデンは慌てて椅子から立ち上がった。
「どうされたんですか」
「いや、君とはじっくりと話をしてみたくて。でも、明日は朝いちで発つっていうから、今、顔を出したんだ」
部屋の中にやってきたジョセフは、椅子に腰かける。「君も座って」と言うので、イーデンも椅子に座り直した。
「今日は楽しんでもらえた?」
「え、あ……えっと、はい。お料理が大変おいしかったです」
料理を堪能していた記憶しかない。ダンスに関してはおぼろげだ。アプローチされたこともあったように思うが、誰も彼もライリーと比べてしまって拒否したはず。
ジョセフは可笑しそうに笑った。
「料理か。口に会ったのならよかったけど、そこなんだ」
笑みを噛み締めるような様子に、イーデンは頬を赤く染める。変なことを言ってしまったようだ。
「す、すみません。もちろん、社交ダンスも……」
「無理しなくていいよ。心ここにあらず、なのは見ていて分かったから」
「え?」
イーデンは驚いて、ジョセフを見上げる。
心ここにあらず。核心を突かれたようで、ぎくりとした。
「きっと、他に好きな人がいるんだろうなぁって思ったよ」
あくまで穏やかに言うジョセフの目は、優しげだ。
「それなのに参加したのは、失恋でもした? あ、話したくなければ、別に話さなくてもいいんだけど。ただ、自分と重なって気になってしまって」
「……ご自分と重なる、というと?」
「ほら、僕は離婚したばかりだから。父上は早く新しい婿を見つけろって手を尽くしてくれているんだけど、正直……僕自身の心はついていかなくてね。まだ再婚する気持ちにはなれないっていうのが本心なんだ。ジェイクのためには、早く新しい夫を見つけるべきかもしれないとは思うんだけど」
ジョセフが胸の内を素直に話してくれたからだろうか。元々、失恋のことを誰にも話せずにいたイーデンは、誰かに聞いてもらいたいという思いもあって、口を開いた。
「私も……結婚しなければいけないとは思っているんですが。好きだった人のことをなかなか忘れられないんです。思いが叶う可能性はないって分かっているんですけど」
「そっか。それだけ、本気ですごく好きな人だったんだね」
何気ない相槌。けれど、イーデンは声を詰まらせた。
本気ですごく好きだった人。……そうだ。本当にすごく好きだったのだ。本気の恋だった。
涙腺が緩んで視界が滲む。思えば、ライリーから振られた後、一度も泣いていない。だからだろう。泣くまいと思っても、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「…っ……、ごめんな、さい…っ……」
「大丈夫だよ。好きなだけ泣くといい」
差し出されたのは、青い手巾。それをおずおずと受け取って、イーデンは静かに泣いた。青い手巾が涙に濡れて、紺色に変わるくらいに。
しばらくイーデンのすすり泣く声が室内に響いたが、それもやがて落ち着いて。イーデンはようやく顔を上げた。
「も、申し訳ありません。よそさまの家で泣きじゃくってしまって……」
それも楽しい舞踏会の後だというのに。ジョセフの優しさに甘えてしまった。
恐縮するイーデンに対し、ジョセフは気にした様子はなかった。
「気にしないで。泣きたいときは泣けばいい。僕は話を聞くくらいしかできないけど、何かあったらまた話してよ。一人で抱え込むのは一番よくない」
「ありがとうございます……」
「もう日付が変わってしまったね。今夜はゆっくり休んで。じゃあまた明日」
立ち去ろうとするジョセフに、イーデンは慌てて声をかけた。
「あ、ジョセフさん。お借りしたこの手巾、洗ってお返ししますので。ただ、いつお返しできるか……」
「別に返さなくてもいいよ。……ああ、でもそれだと縁がこれきりで切れてしまうな」
ジョセフは独りごちてから、にこりと笑った。
「春になったら、またウチにおいで」
「春、ですか」
「うん。それまでは文通しよう。僕たち、きっとお互いにいい理解者になれると思うんだ」
いい理解者。失恋仲間、といったところだろうか。
じゃあまた、とジョセフは今度こそ去っていった。その背中を見送ったイーデンは、ジョセフから借りた手巾を見下ろす。
――春になったら。
その頃には、この失恋の傷は癒えているだろうか。
その後、文通友達に発展した二人。
少しずつ距離を縮めていき、翌年にはジョセフから求婚されることになるのだが――まだ遠い先の話だ。
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