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閑話1 変わる未来1(イーデン編)

『ライリーのことを好きになってくれてありがとう』  セオからそう言われた時、この人には敵わないなと思った。その時、本当の意味でライリーへの思いを諦めることができた。だから、あの花瓶を割る決意を固められたのだ。 (ライリー様。どうか、陛下とお幸せに)  後宮を去った後、馬車に揺られて、イーデンは実家であるシャンクリー地方へ発った。  イーデンの両親は、イーデンを笑顔で出迎えてくれた。元々、後宮で侍従として働くよりも、どこかの家に婿入りして幸せな結婚生活を送ってほしかったという両親だ。愛息子が帰ってきたのは、喜ばしいことなのだろう。  そして、イーデンが後宮を追い出された理由には一切触れなかった。貴族の情報網で把握しているとは思うが、何も言わずに温かく受け入れてくれた。  両親の優しさにイーデンは改めて感謝して、再びシャンクリー地方伯爵邸で自由気ままに過ごす毎日。その間、両親はイーデンの婿入り先を急いで探しているようであったが。  秋が深まっていき、社交界シーズンも終わるという肌寒い時期のことだ。地方伯爵の父の伝手で、あの三大侯爵家レイノルズ侯爵家から舞踏会の招待状がイーデンに届いた。 「今年の夏にな、ジョセフ君が離婚したんだ。それで新しい婿を探しているそうなんだよ」 「へぇ……」  ジョセフ・レイノルズといったら、レイノルズ侯爵家の跡取りだ。イーデンよりも、八つも年上の男性。確か……七歳になる息子もいたような気がする。 「せっかくだ。舞踏会に参加してみないか? いい息抜きになるだろう」  息抜きになる、と言いながら、どう考えてもジョセフに見初められてほしい、という思いが透けて見える。が、いつまでも実家のすねかじりをしているわけにはいかない、という自覚はあったので、イーデンは二つ返事で了承した。  シャンクリー地方伯爵領からレイノルズ侯爵領へと、馬車で半月ほど。舞踏会の日にギリギリ間に合い、煌びやかな貴族衣装に身を包んで、レイノルズ侯爵家に足を運んだ。 「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、イーデン様」  玄関で門番に招待状を見せ、中に入るとメイドが出迎えてくれる。  ギリギリになってしまったことを詫び、急いで舞踏会会場へ行く。ちょうど、レイノルズ侯爵が挨拶を始めるところだった。 「こちら、どうぞ」 「ありがとうございます」  給仕係から乾杯用のドリンクをもらう。  手短に挨拶を終わらせたレイノルズ侯爵が「乾杯」とドリンクを掲げたので、イーデンもドリンクを持ち上げてから口をつける。……と、思ったら。  ――どんっ。  背後から誰かに勢いよく衝突された。倒れまいとなんとか持ち堪えたが、代わりにドリンクの中身を目の前の男性の背中にぶっかけてしまった。  イーデンの顏は真っ青である。 「す、すみません!」  慌てて手巾を取り出し、ドリンクに濡れた背中を拭う。けれど、吸いきれずに衣服に染み込んでしまった。白い貴族服にオレンジジュースの染みは目立つ。 「あはは。大丈夫だよ」  目の前の男性がイーデンを振り向く。優しげな顔立ちの男性だった。 「君の方こそ、大丈夫だった?」 「えっと、はい。私は大丈夫です」 「それならよかった。――ジェイク、この方に謝りなさい」  ふと気付けば、男児が男性の後ろにくっついて隠れていた。この男児がジェイクという子なんだろう。そして、謝りなさいということは、おそらくイーデンに後ろからぶつかったのはこの子なのだと思われた。  男児――ジェイクは、ひょいと男性の後ろから顔を出して、しょんぼりと謝罪した。 「ぶつかって、ごめんなさい……」 「うちの子がすまないね。落ち着きがなくて」  苦笑いで重ねて謝罪する男性に、イーデンは首を横に振った。 「いえ、私の方こそすみません。それに、子供は元気いっぱいに走り回るのが仕事ですよ」 「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ。あ、そうだ。名乗っていなかったね。僕はジョセフ。この家の息子だよ」  それにはさすがに驚いて、イーデンは目を丸くする。子持ちなのは知っていたが、まさかドリンクをひっかけた相手がジョセフだったとは。 「君の名前は?」 「私はイーデンです。イーデン・シャンクリーと申します」 「ああ、シャンクリー地方伯爵家の息子さんか。遠いところからきてくれてありがとう。今日は楽しんでいってね」  柔らかく笑い、ジョセフはジェイクの手を引いて、いずこかへ消える。おそらく、汚れた貴族衣装を着替えに行ったのだろう。 (優しい人だったな……)  相手によっては、怒って怒鳴る人もいるだろうに。弁償しろと言われても、文句は言えないくらいだ。それだけ失礼なことをしてしまった。 (父上。ごめんなさい。見初められるのは無理そう)  心の中で地方伯の父に謝罪しつつ、その後はビュッフェコーナーの料理に舌鼓を打ち、ダンスの誘いがあったらダンスを踊って、あっという間に舞踏会は終わった。

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