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第24話 公太子来訪4
アレックスを赤薔薇宮での客室に案内し、ほどなくして夕食の時間になった。
ライリーは一緒に食べるつもりだったのだが、アレックスは一人でゆっくりと食べたいとわがままを口にしたので、要望通りに一人で夕食をとらせることにした。
アレックスが食事をしている間、ライリーは広間でトマスとチェスだ。といっても、腕に覚えがあるわけでもなく、いつもボロ負けである。トマスがセオにチェスを指南していたくらい、強いというのもあるが。
「あー……また、負けた」
「ふふ、まだまだ若者には負けませんよ」
若者じゃなくとも、トマスに勝てる人なんてそう多くはないだろう。セオでも勝敗は五分五分というくらいだ。
「それにしても、トマスさん。本当に侍従の仕事を続けることになって大丈夫なんですか」
一度は退職したトマス。老後をのびのびと過ごす予定だったろうに、こちらの都合でまた呼び戻してしまった。そのことが申し訳ない。
「悠々自適なスローライフを送りたかったのでは……」
「いえいえ。そんなことはありません。セオ陛下のご好意を無下にはできないと退職しようとしただけで、私自身は働いている方が性に合っていますから。それに」
盤面の駒を片付けながら、トマスは悪戯っぽく笑う。
「セオ陛下のお子をこの目で拝みたいですし。楽しみにしておりますよ、ライリー様」
「っ!?」
ライリーはゆでだこのように顔を真っ赤にした。……楽しみにしていると言われても。勘弁してほしい。それに。
(……セオの子供を産むのは、エザラ殿下だし)
なるべく歴史を歪めるつもりはない。ライリーが回避したいのは、フィンリーの暗殺ルートなのだ。それさえ回避できれば、あとはもう……どうでもいい、はずだ。
そこへ、食堂からアレックスの声が聞こえた。
「おいしかった。やはり、高級な食材は味わいが違うな」
不遜に言うアレックスの言葉に、ライリーは内心にやっとする。やっと、食べ終えてくれたようだ。ライリーは広間から食堂にいそいそと移動した。
「お口に合ったようでよかったです、アレックス殿下。……あれ?」
アレックスの前にある、縁にシチューがついた皿。それを見たライリーはわざとらしいくらいに大声で謝罪した。
「申し訳ありません! アレックス殿下!」
突然、謝罪されたアレックスは訝しげな顔だ。
「なんだ。どうした」
「そのシチューは、私たちが食べるはずだったものなんです。その、私が育てている家庭菜園で収穫した野菜を使って作った料理なんですよ」
「!?」
アレックスの頬がうっすら赤くなる。
それもそうだろう。先ほどおいしかったと言った食事が、さらにその前にみすぼらしいと嘲笑した家庭菜園で収穫した野菜たちで作られた料理だったのだから。
――高級な食材と、みすぼらしい食材の違いも分からないんですねぇぇぇ。
と、嫌味を言ってやりたかったが、それはさすがに我慢する。ひたすら平謝りして、わざと仕組んだことを押し隠す。
「本当に申し訳ありません!」
「う……ぼ、僕は優しいから、マズかったがおいしいと言っただけだ!」
負け犬の遠吠えとは、まさにこのこと。
家庭菜園をバカにされた意趣返しができたライリーは、ようやくすっきりできた。
しかし、この公太子もただでは転がらないらしい。
翌日の午後、エザラを交えて三人でお茶会をすることにしたのだが、アレックスはエザラを見るなりライリーに喧嘩を売ってきたのだ。
「ほう。セオ陛下と並べば、さぞ絵になるだろうな。……ライリー殿下は実家に帰った方がいいのではないか?」
せせら笑うアレックスが言っているのは、要するに。
お前の顔面じゃ太刀打ちできないから、身の程を弁えて王婿の地位を降りろ、と。そういうことだろう。
ライリーは前髪の下に、青筋を浮かべた。
(この野郎……! だから、余計なお世話なんだよ!)
昨日の夕食の件が、ライリの仕組んだものだと分かっているわけではないだろう。が、自分に赤っ恥をかかせた奴だと逆恨みしているからに違いない。
アレックスの強烈なキャラに、エザラはぽかんとしていたが、そこは人格者だ。上手にライリーをフォローしてくれた。
「アレックス殿下にそう言っていただけるのは、恐縮ながら嬉しいですが。ライリー殿下に実家へ帰られては、私も陛下も寂しいですよ。どちらが世継ぎを産むのかを競う相手がいなくなって、張り合いもなくなりますし」
ちゃんとライバルとして認識しているのだ、とエザラは暗に言う。
ライリーは内心感激した。なんて優しくていい人なんだ。アレックスに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
優等生的なエザラの返答に、けれどアレックスは面白くなさそうな顔をしていた。いい子ちゃんぶりやがって、とでも言いたげな顔だ。
「……ふん。まぁいい。僕はここで慣れ合うつもりはないからな」
……ここで慣れ合うつもりはない? 『ここで』、とは?
意味を理解しかねて、ライリーとエザラは顔を見合わせる。ただ単にライリーたちと慣れ合うつもりはないというのなら分かるが、後宮でと前置きするのはなぜだろう。
アレックスは一口、紅茶を飲む。ティーカップを受け皿に戻しながら、口端を持ち上げた。
「僕は、この国の正婿になるんだ。側婿の貴殿らなど相手にするつもりはない」
ライリーも、エザラも、咄嗟に言葉が出てこなかった。
(この国って……セオの正婿になるってことか!? はぁ!?)
何を言っているのか。セオの正婿になって世継ぎを産むのは、エザラだ。どうして、アレックスが急にしゃしゃり出てくるんだ。
先に反応したのは、エザラだった。
「もしや、こたびの外交訪問はその件なのですか?」
「ああ」
「ま、待って下さい。アレックス殿下は公太子でいらっしゃいますよね。婿入りして、ルエニア公国はどうなさるんですか」
ライリーも、どうにか頭を回す。
そう、そうだ。アレックスが本当にセオに婿入りするのだとしたら、ルエニア公国はどうするつもりなのだ。ルエニア公国には、他にルエニア大公の後を継げるような王子も公女も存在しないはず。
「無論、セオ陛下に捧げるとも」
「……ゼフィリア王国と一つにすると?」
「元々、ルエニア公国とゼフィリア王国は一つの大国だったのだ。あるべき形に戻るだけだ」
「歴史の流れから見たらそうかもしれませんが……」
そんなあっさりと納得できることなのだろうか。一つになるというと聞こえはいいが、つまるところルエニア公国は消滅するということだ。
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