27 / 49

第25話 公太子来訪5

 自国の消滅を、なぜそんなにもすんなり受け入れられる。いや、そもそも。 (セオがアレックス殿下を娶ろうとするのか……?)  あくまで現在、だが。セオはライリーにご執心だ。ライリー以外に抱く気はないと言っているし、新たにアレックスを娶るとは思えない。 「……失礼ながら、アレックス殿下。セオ陛下があなたを娶るとは限らないのでは」  別に僻みではない。純粋な指摘だ。  だが、アレックスはふっと笑った。 「娶るさ。絶対にな」      ◆◆◆ 「こたびは急な訪問を受け入れて下さり、ありがとうございます。セオ陛下」  ゼフィリア王城、王の間にて。  セオに対し、恭しく頭を下げるのは、ルエニア大公だ。四十代後半の、ふくよかな体型の男性である。  セオは玉座に座ったまま、膝の上で指を組んだ。 「頭を上げてくれ。こちらも貴国とは仲良くやっていきたい。訪問してくるのは構わない。……が、なんの用もなく突然くるような方ではないはずだ。率直に用件を聞きたい」 「はっ。では、申し上げます。どうか、我が息子――アレックスを娶ってはいただけませんか」  セオは表情を変えなかった。想定の範囲内の言葉だったからだ。 「……ルエニア公国を、私に引き渡すと?」 「はい。我が国は小さいですが、宝石を採掘できる鉱山がいくつかある。吸収するメリットはあるかと思いますが」  それはその通りだ。何もメリットがないわけではない。そもそも、国というのは、緑豊かな領土なら、ただ単に拡大するというだけでも得なことだ。  ――が。 「悪いが、断らせてもらう」  きっぱりと、返した。  セオにはライリーがいる。エザラに関してはもう娶ってしまったので仕方ないが、愛する人以外の伴侶なんて他に必要ない。  ……という、個人的な思いも当然あるのだけれども。ここで断るのは、決してそれだけが理由ではない。 「確かに貴国を吸収するメリットはある。だが、それ以上にデメリットの方が大きい。ルエニア公国をゼフィリア王国にしてしまえば、あの危険なカシェート帝国と国土が直接隣接することになる。そうなると、いつ侵攻されるか分からん。貴国には、今まで通り我が国とカシェート帝国との緩衝材の役目を果たしてもらわねば困る」  噛み砕いて説明したが、これはルエニア大公とて分かっていることだろうと思う。だからおそらく、他にルエニア公国を渡さねばならない理由があるのだ。セオはそれを聞きたいし、聞かねばならない。  ルエニア大公は「そうですか……」と視線を深紅の絨毯に落とした。その表情は、やはり正攻法では受け入れてもらえないか、というがっかりしたものだ。 「セオ陛下のおっしゃることはごもっともです。しかし……どうか、アレックスと我が国の民の保護をお願い申し上げたい。私にはもう、君主としてそうすることしかできないのです」 「というと?」 「私の弟がカシェート皇帝陛下の側婿だったことはご存知でしょう。弟の存在があったおかげで、今までカシェート帝国は我が国に攻め入ることはなかった。しかし……その弟がつい先日亡くなってしまったのです」  セオは目を見開く。それはまだ手に入れられていない情報だった。  同時に理解する。ルエニア大公の弟が亡くなった。だとすればもう、カシェート帝国がルエニア公国を攻められない口実はない。 「……カシェート帝国が、貴国に侵攻すると?」 「はい。来春には攻め入ってくると思われます。あの強大なカシェート帝国に、我が小国が太刀打ちできる術はない。ですから、その前にアレックスと我が国の民を貴国で保護していただきたく」  セオは押し黙る。これは想定外の事態だ。  代わりに口を開いたのは、傍に控えていたレイフだった。 「もし、我が国がそれでもその話をお断りしたら、どうされるおつもりですか」 「カシェート帝国に降伏します」  迷いなく、ルエニア大公は言った。  レイフは眉尻を下げる。 「その場合、ルエニア大公陛下は……」 「ええ。私は間違いなく処刑されるでしょう。しかし、どうせ余命いくばくもない命。息子や我が国の民を守ることができるのなら、死んで本望というものです」  断言するルエニア大公の顏は、立派な君主の表情だ。民を守り慈しむ、気高い矜持がそこにはある。 「恐れながら。我が国を吸収しようとしまいと、貴国にはカシェート帝国による戦火が降りかかるでしょう。犠牲を最小限で収めるためには、私の要求を呑む方が賢明かと」 「……確かにそうだな」  ルエニア公国とカシェート帝国の間には、難攻不落と呼ばれる天然要塞が存在する。長い歴史上でカシェート帝国がルエニア公国を攻めようとした過去はあるものの、その存在により一度も侵攻を許していない、とされている。無論、戦死者はいるだろうが。  もし、ルエニア公国がカシェート帝国に降伏し、その天然要塞を明け渡してしまったら。カシェート帝国はゼフィリア王国に容易く侵攻できてしまう。それは避けねばならないことだ。 「滞在最終日までにお返事を聞かせていただけたらと思います。話は以上です」  ルエニア大公は一礼した。「では、御前を失礼いたします」と、王の間を後にする。  扉が閉まってから、セオは険しい顔でレイフを見た。 「レイフ、お前はどうすべきだと思う」  聞かなくても、答えなんて分かりきっていることだ。それでも、念のため意見を伺う。  レイフは淡々と答えた。 「要求を呑むべきかと。というより、呑むほかありません。あの天然要塞をカシェート帝国に明け渡すわけにはいきませんでしょう」 「ああ。そうだな……」  このことは上層部とも話し合わねばならないが、幹部会議でも出る結論は一緒だろう。 「幸い、正婿の地位は空席です。アレックス殿下には正婿になってもらえばよろしいかと」 「………」  そうすればいいことは、セオとて頭で分かっている。きっと、以前までのセオなら迷いなくそうしていた。  だが、今のセオの脳裏に浮かぶのは、ライリーの顏だ。  アレックスを娶ると言ったら、ライリーはどんな反応をするだろう。セオが決めたことなら構わないと表面上は気にせずに言って、でも裏では傷ついたような顔をするのではないか。  浮かない顔をしていたのかもしれない。レイフは諭すように続けた。 「ライリー殿下のことは、これまで通り寵愛なさればよろしい。何も、アレックス殿下を寵愛しろとは申し上げません」 「……だが」 「あなたは国王です。国のためになる選択をしなければならない。国王としての決断に、私情は持ち込むべきではありません」  正論過ぎて、反論する余地もない。  ――ライリーだけを愛する。  それは国王の身では絵空事に過ぎないのだと、つくづく実感した。      ◆◆◆

ともだちにシェアしよう!