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第26話 公太子来訪6

「――というわけだ。僕を娶らないはずがないだろう」  アレックスが語ったのは、思いがけない政治的事情。ライリーも、エザラも、驚きに言葉を失ってしまった。  この際、アレックスが後宮入りしようがしまいが、その点はどうでもいい。問題なのは、ゼフィリア王国に戦火が降りかかるというところだ。  くだんのBL小説本編でゼフィリア王国は滅んでいないのだから、カシェート帝国に負けることはないだろう。それでも、戦死者は多かれ少なかれ出るはずだ。戦争に勝利できるとしても、それは胸が痛むことである。 (BL小説本編にルエニア公国が出ていないのは、セオがアレックス殿下を娶ってルエニア公国を吸収したからか……)  アレックス・ルエニア。ルエニア公国の公太子。本来の歴史世界であれば、『氷狼王』セオの二番目となるだろう王婿――。  その時、ふと雷に打たれたような衝撃がライリーを襲った。思い出したのだ。くだんのBL小説の外伝の内容を。  膝の上に作った握り拳が震える。背中に嫌な汗を掻いた。 (……ダメだ。迂闊に口出ししちゃいけない)  本来の歴史世界を、あまり歪めるべきではない。といっても、それは別に倫理観からくるものではなく、あまりにも本来の歴史世界を改変してしまうと、巡り巡ってフィンリーの暗殺ルートが復活するのでは、という危惧からだ。  そうだ。動くべきでない。本来の歴史世界通りに進んでもらうしかない。  ――たとえ、アレックスがおよそ一年後には、自死する末路を迎えるキャラだとしても。 「ライリー殿下? 大丈夫ですか、お顔の色が優れませんが」  気遣わしげに声をかけてきたのは、エザラだ。  ライリーは大丈夫だと平静を装おうとして、けれどできなかった。作り笑いに失敗し、ますますエザラに心配をかけてしまう。 「また、体調が悪くなったのでは? 無理をしてはいけません。赤薔薇宮に戻って、休まれてはどうでしょう」 「あ……そ、そうですね。すみません。そうします」  平静を装えない以上、具合が悪くなったことにするしかない。実際、心臓がばくばくといっていて胸が重苦しいけれど。  ライリーは椅子から立ち上がって退席しようとしたが、足元がふらついた。それを見かねたルカが、倒れそうになったライリーの体を支える。 「大丈夫ですか、ライリー殿下。赤薔薇宮までお運びしますよ」 「え? ――わっ」  ルカに横抱きに抱え上げられた。お姫様抱っこというやつだ。  ライリーは羞恥心から顔を赤らめた。 「だ、大丈夫です。自分で歩けますっ」 「ご無理をなさらず。途中で倒れられては困りますので」  そのまま、赤薔薇宮まで運んでもらうことになりそうになった時だ。 「騒がしいが、どうした」  セオの声だ。気付けば、セオがつかつかと近くまでやってきていた。  無機質な表情が、けれどライリーがルカにお姫様抱っこされている姿を見て、不機嫌そうなものに変わる。あくまでセオ比だから、傍目には伝わりにくいと思われるが。 「これはセオ陛下。それがライリー殿下のお加減が優れないようでして、これから赤薔薇宮までお運びするところなのですよ」  気付かずに、答えるのはルカだ。セオは「ほう……」と目を細めた。さすがに不機嫌をまき散らすことはなく、静かに返した。 「ルカといったか。気遣いはありがたいが、ライリーは私の王婿だ。私が運ぶ。手を離してもらいたい」 「あっ、はい。かしこまりました」  ルカは素直に従って、ライリーを一旦地面に下ろす。着地したライリーを、今度はすかさずセオが横抱きに抱え上げた。 「アレックス殿下はこのままエザラとお茶会を楽しむといい。では、私たちは失礼する」  颯爽と歩き出したセオの腕の中に、ライリーは身を委ねる。恥ずかしいとはいえ、ここで拒否してはセオが恥をかいてしまうし、不仲だといらぬ憶測をされかねない。  そうして、ライリーたちは赤薔薇宮まで戻った。自室の寝台まで運んでもらい、寝台の端に腰かける。 「ありがとう、セオ」 「いや。体調は大丈夫か」  心配そうな顔をするセオに、ライリーは曖昧に笑うしかない。大丈夫だと答えても、今の精神状態だと、様子がおかしいと見抜かれてしまうだろう。となると、最初から体調が悪くなったことにした方が自然だ。 「えっと、ちょっと眩暈がする、かも」 「まだ完治していなかったのかもしれないな。ゆっくり休め。体調が戻らないようなら、今夜の舞踏会も欠席していいから」  なんだか、ちょっと大袈裟な事態になってしまった。  ライリーは慌てて、「や、休めば、夜には治るよ」と言っておいた。エザラがいるとはいえ、王婿としての役目はきっちりとこなしたい。  実際、夜までには気を落ち着けさせられるだろう。 「そうか。まぁ、あまり無理をするな。では、私は王城に戻るから」  ライリーは、目をぱちくりとさせた。 「え? じゃあ、何をしに後宮に顔を出したんだ?」  まさか、ライリーの体調を察知してきたわけではあるまい。こんなにすぐ王城に戻るのだったら、後宮に顔を出した意味なんてほとんどないだろう。  疑問に思うライリーに、セオは淡々と答えた。 「いや……アレックス殿下とは上手くやれているか、少し気になってこっちに顔を出しただけだから。お茶会をするほど仲良くしているのなら、問題ないと判断したまでだ」 「ふーん……そっか」  と、納得したように返答したが。本心では、邪推してしまう。アレックスを後宮入りさせるとしたら、ライリーたちと上手くやれるかどうかが気になって顔を出したのでは、と。  アレックスが語った政治的事情を、セオもルエニア大公からもう聞いたことだろう。それできっと、アレックスを娶る方向で話を進めているに違いない。 「ではな、ライリー。またあとで会おう」 「うん」  セオはきびきびとした足取りで部屋を出て行く。その背中を見送った後、ライリーは寝台にごろりと横になった。天井をぼんやりと仰ぎ見る。

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