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第29話 公太子来訪9
ルエニア公国を消滅させずに済む方法を一緒に考えよう。
と、言ったのはいいものの――。
(本来の歴史世界でお偉いさんたちでもできなかったんだから、俺たちの頭脳じゃ、そんなあっさりと思いつくわけないよな……)
ライリーは、腕を組んで「うーん」と唸った。
今、ライリーはアレックスとともに客室にいる。予定では、今頃ゼフィリア王城でルエニア大公たちを歓迎する舞踏会が開かれるはずだったのだが……その舞踏会に出席する三大侯爵たちが、揃いも揃って馬車のトラブルに見舞われ、間に合わなかったのだ。そのため、予定をズラして、滞在最終日の夜に舞踏会を開くこととなった。歓迎ではなく送迎に変更して。
そういうわけなので、ライリーたちは一緒に夕食を食べてから、客室で互いに頭を悩ませているところなのだ。
「……やはり、方法なんてないのでないか」
アレックスは、落胆のため息とともにそうこぼす。一緒に考え始めてからまだ一時間と経っていないのに。
さすがにライリーは、語気を強めた。
「ギリギリまで粘りましょう、と申し上げたじゃないですか。あと三日あります。諦めるには早いです」
「だが……」
「諦めるのは手を……いえ、頭を尽くしてからですよ。ダメで元々、やれるだけのことはやりませんと。そうでないと、後悔しか残りません」
「………」
アレックスは押し黙る。ただ単に反論できないのか、あるいはライリーの言葉に思うところでもあるのか。
やがて、小さく頷いた。
「……そうだな。もう少し考えよう」
向かい合うように椅子に座って、うんうんと考え込むライリーたち。
が、一向にいい案は浮かんでこない。時間だけがどんどん過ぎていく。
考え始めてから二時間ほど過ぎた頃だろうか。悩み疲れたライリーは、息抜きに全く関係のない話題を口にした。
「そういえば、ルカさんのことはいつからお好きなんですか?」
素朴な疑問は、アレックスに不意打ちを食らわせてしまったようだ。アレックスは、飲んでいた紅茶を吹き出した。
「う、ごほ…っ……な、なんだ。藪から棒に」
「あ、すみません。ええと、息抜きに少し雑談でもと思いまして」
思わぬところから、アイデアが浮かんでくることもあるし。
アレックスは頬を赤くして、目線を下に落とした。
「七歳の頃だったと思う。包み込むように優しいところに惹かれた」
「年の差がありますよね。ええと、ルカさんは三十代半ばくらいでしょう?」
アレックスはセオより二つ年上だという話。一回り近くは年が離れている。もちろん、人を好きになるのに年の差なんて関係ないとは思うが。
「本人は三十四歳だと言っているな。だが、本当のところは分からん」
「え?」
自国の民の、本当の年齢が分からないってどういうことだ。出生届から逆算すれば、把握できることだろう。
「分からない……というと?」
「ルカは我が国の出身ではないんだ。あくまで自己申告だが、確か十五歳前後の頃にルエニア公国にやってきたから」
「どこの国からですか?」
「知らん」
ライリーは絶句した。知らん、って。身元不明の男を、ろくに調べもせずに国に招き入れたというのか。さらには、公太子の護衛騎士に選ぶなんて。
ゼフィリア王国では、考えられないほど緩いというか、寛容な国だ。
「ル、ルエニア大公陛下だけは身元をご存知だとか?」
「いや、父上もご存知ないと思う。父上は来るもの拒まず精神のお人だから」
それで招き入れた人間が、他国のスパイだったらどうするのだろうか。ルエニア公国がいかに小さな国だといったって、諜報の対象にならないわけではないだろう。
とは思うが、よそ者のライリーが口を出すことではない。信じ難いことだが、それ以上はその点には触れなかった。
「もし、ルエニア公国を消滅させずに済む方法が見つかったら。ルカさんに想いを伝えられますね」
「ルカには昔、告白して玉砕している」
――余計な一言を口にしてしまった。
「あ、そ、そうなんですか……それでも想い続けているなんて、一途で素敵じゃないですか」
てっきり、「ふん、そうだろう」と尊大に返ってくるかと思ったが、予想に反してアレックスは冷静に返した。
「そんな美談ではない。未練がましいだけだ。もし、僕がルエニア公国の大公になったら……いい加減にこの気持ちにケリをつけなければな」
「え? あ、諦めてしまうということですか?」
「当然だろう。僕は王族だ。君主となるのならなおさら、王族の伴侶としてふさわしい身分の男を選ばなければならない」
言っていることは分かる。ライリーだって、侯爵家の人間だから王婿になれたのだ。王侯貴族にとって、身分差の恋ほど難しいものはない。
(でもなんか……結婚するなら、好きな人と結ばれてほしいよな)
そう思うのは、前世が平民だったゆえの価値観からか。
王侯貴族は政略結婚が主流。ライリーとセオだってそうだ。身分差の純愛を貫こうとするのなら、駆け落ちするくらいしか方法がない。
だが、一人息子のアレックスがその道を選ぶことは決してないだろう。
現実とは、ままならないものだ。
「そういうライリー殿下は、セオ陛下のことをどう思っているんだ」
「え!?」
セオのことをどう思っているか。
ここは慕っていると即座に答えるところだったろう。王婿なのだから。
だが、咄嗟に答えられなかった。動揺してしまった。本気の恋を知るアレックスには、嘘を見抜かれてしまいそうだと思ったのもある。
どう返答するか迷った末に、結局、正直に胸の内を打ち明けた。
「……分かりません」
「分からない? 好きか嫌いかどうかもか」
「いえ、嫌いではないですけど……その、誰かを好きになった経験がないもので。恋愛感情というものが分からないんです」
今度は、ライリーが視線を下に落として答える。
アレックスは、不思議そうな顔だ。
「ほう。そういうこともあるのだな。僕はそういう悩みは持ったことがないから、助言するのは難しいが。だが、そうだな……焼きもちを妬くこともないのか?」
「焼きもち?」
「ああ。例えば僕だったらルカが僕以外の人に優しくすると、ついむっとしてしまうが。今日のお茶会でも、ライリー殿下を抱えて運ぼうとした時は腹立たしかった」
そういえば、見るからに不機嫌そうにライリーに突っかかってきたことを思い出す。
素直というか、直情的な性格なんだろう。確かにアレックスには、ルカのことを好きかどうか分からない、なんてことを悩むイメージは浮かんでこない。むしろ、積極的に「僕と結婚しろ!」とでも迫りそうなイメージだ。
「……それも私には分かりません。ただ、胸がモヤモヤしたことはありますが」
外交訪問の話をライリーに話すよりも早く、エザラに伝えていたこと。
その際、エザラを抱いたのかもしれない、と考えた時のこと。
最近、身に起こった出来事を話すと、アレックスは目を点にした。
「は?」
「あ、おかしいですよね。こんな些末なことが気になるなんて」
「おかしいというか……え? それはどう考えても――」
その時、廊下側から扉をノックする音が室内に響いた。
「ライリー様」
トマスの声だ。ライリーは椅子から立ち上がって「はい、なんでしょう」と応えた。
すると。
「セオ陛下がいらっしゃいましたよ」
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