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第31話 公太子来訪11

 それから、あっという間に三日が過ぎた。  朝食の席で、ライリーとアレックスは顔を見合わせ、ため息をつく。 「何も思いつかなかったな……」 「……そうですね」  ただ、考えるだけでろくに議論もできていない。議論できるほどのアイデアが互いに思いつかなかったのだ。現実はそう都合よくいかないらしい。 「午後から、セオ陛下に呼び出されているんでしたっけ」 「ああ。父上と一緒に。……その時に、僕を娶る話をされるのではないかと思う」  となると、残された時間はあと三時間ほどだ。  ルエニア公国を消滅させずに済む方法。本当にないのだろうか。 「ライリー殿下」  向かい側に座るアレックスから名を呼ばれて、ライリーは顔を上げる。すると、そこには諦めにも似た力無い笑みがあった。 「この三日間、ありがとう。我が国の存続のために尽力してくれて」  アレックスからの感謝の意は、もう諦めたことを意味している。  ライリーは慌てた。 「ま、まだ三時間……」 「もういい。我が国を存続したいというのは、僕のわがままに過ぎないんだ。国というのは、民がいてこそ。民を守れるのなら、それでいい」  ――その民が全員、亡くなってしまうかもしれないんですよ。  と、喉まで出かかった言葉を飲み込む。伝えていいものか分からないし、そもそも前世の記憶がうんぬんと説明しても信じてはもらえないだろう。  返答に窮している時、トマスが食後のデザートを運んできた。チーズタルトだ。 「何かよい考えは浮かびましたか、お二人とも」  ライリーも、アレックスも、目線を下に落とすしかなかった。 「それが……全く。ゼフィリアとルエニアで共同戦線を張ってカシェート帝国を撃退する、ってことくらいしか思いつきませんでした」  我ながら、頭が弱いというか、なんというか。  トマスは「ふむ、そうですか」と相槌を打ちながら、チーズタルトをナイフで切り分ける。 「戦わずして勝つのが一番ですからねぇ。チェスですと真っ向勝負するしかありませんが、現実の戦いなら手段は外から攻撃することばかりではありません。……ああっ、申し訳ありません!」  顔を上げると、トマスにしては珍しく、チーズタルトの切り分けを失敗していた。ボロボロと崩れ、果てには中からヒビが入って割れてしまっている。  ……。  …………。  ………………中から? 「あ! そうか!」  天啓が閃いた。なるほど、確かに外から攻撃する手段ばかりではない。  つい大声を上げたライリーに、アレックスは不思議そうな顔だ。 「ライリー殿下?」 「中から壊すんですよ! カシェート帝国を!」 「中から壊す……?」  アレックスは一瞬言われた意味が分からないといった顔をしたが、すぐにはっとした。 「内部分裂させて現政権を瓦解させるということか……!」  その通りだ。近年、あちこちに侵攻して領土を拡大してきた帝国。カシェート皇帝に反発心を抱いている者は多いだろう。そうでなくても、国というのは内部が一枚岩とは限らない。  現政権を強制的に終わらせてしまえば、新たな皇帝が誕生する。その新たな皇帝が反戦派であれば、ルエニア公国を消滅させずに済む。ゼフィリア王国とて戦火に見舞われずに済む。  つまり、反戦派の誰かを新しい皇帝に据えればいいのだ。 「だが、ライリー殿下」  アレックスは眉をハの字にした。 「それを僕たち二人でどうやってやるんだ?」 「あ……」  どう考えても、二人では無理……だろう。そんな大掛かりなこと。  机上の空論に過ぎないのかとしょんぼりした時、ライリーはセオの言葉を思い出した。 『何かいい案が浮かんだら、私に教えてくれ』  そうだ。セオに伝えてみたらいい。セオの持つ国王としての力なら、机上の空論を現実にできるかもしれない。 「セ、セオ陛下にお話ししてみましょう」 「セオ陛下に? だが、協力してもらえるだろうか……」 「何事も話してみなければ分かりません! さっ、一緒に行きましょう!」  席を立とうしたライリーを、制したのはトマスだ。 「お待ち下さい、ライリー様。その前にルエニア大公陛下にお話を通すべきかと思いますよ」 「あ……そ、そうですね」  ルエニア公国の問題でもあるのだから、確かに君主の許可が必要だ。 「じゃあ、まずルエニア大公陛下の下へ一緒に……」 「いや、僕一人で行く」  アレックスは席を立ち上がる。その表情はいつになく真剣なものだ。 「父上とは一対一で話がしたいんだ」 「アレックス殿下……」  ライリーは一瞬迷ったが、アレックスの意思を尊重することにした。父子だけで語り合いたい思いもあるだろうから。 「分かりました。どうか、話が上手く進むことを祈っています」 「ああ。ありがとう。では、行ってくる」  食堂を出て行き、赤薔薇宮を後にするアレックス。一人で行くとは言っていたが、護衛騎士のルカのことはもちろん連れていくだろう。 「いい案を思いついてよかったですね」  トマスは朗らかに笑いながら、切り分けたチーズタルトをライリーに差し出す。  そのチーズタルトは、今度は綺麗に切り分けられていた。

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