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第37話 ライバル側婿2
外見こそボロボロだが、中の造りは赤薔薇宮と変わらなかった。広間、応接間、食堂、浴室、多くの客室や王婿が住まうだろう部屋。ただ、どこの部屋もカーテンが閉め切られている。薄暗いままの方が雰囲気は出るだろうということで、開けることはしなかったが。
「そういえば、ライリー殿下には先を越されそうですね」
「え?」
「セオ陛下のお子を産む競争のことです」
前方を歩くエザラがどんな表情をしているのか、よく分からない。けれど、その声音は柔らかく、至っていつも通りだ。
ライリーは返答に窮した。ライリーが子供を作ろうとすれば、確かにきっとエザラよりも早く授かるだろう。しかしそのことこそ、最近のライリーが悩んでいることだ。気分転換のつもりできたのに、悩み事を再考させられることになってしまった。
「えーっと……、うわっ!」
――バキッ!
二人で廊下を歩いていたら、木製の床が割れた。多分、腐っていたんだろう。
驚いたライリーは、ばくばくと脈打つ心臓を宥める。
(幽霊よりも、建物が崩れ落ちないかの方が怖いな……)
天井が落ちてきて押し潰されたら、ライリーもエザラもあの世行きだ。
「大丈夫ですか、ライリー殿下」
気遣わしげな顔で振り返るエザラに、「ええ、ご心配なく」と努めて笑顔で返す。
思わぬ幸運によって、先ほどの話題は流れた。他愛のない話をしながら、ぐるりと廃宮を一周する。
「そろそろ、戻りましょうか」
玄関に向かい始めたエザラだが、薄暗いために部屋を見落としたようだ。ライリーは、まだ入っていない部屋の前で立ち止まって、エザラを呼び止めた。
「エザラ殿下。まだお部屋が残っています」
「え? ……ああ、本当だ」
道を引き返してきたエザラより早く、ライリーは先に扉を開けた。薄暗い視界に、キングサイズの寝台が映る。おそらく、国王夫夫が使う寝室だろう。
「わぁ、ここもひろ……」
広いな、と言おうとして、しかし最後まで言えなかった。突然、背後から背中を突き飛ばされたからだ。よろめいたライリーは寝室に足を踏み入れることになり、四つん這いになる形で体勢を崩した。
誰がやったかなんて明白だ。どう考えてもエザラだ。
悪ふざけにしては勢いが強かったため、なんとなく嫌な予感を覚えたライリーは、すぐさま後ろを振り返った。すると同時に扉が閉まり、中に閉じ込められてしまった。
「ちょ…っ……おい! 何するんですか!」
扉の前に駆け寄る。急いで扉を開けようとしたが、運悪く外開きの扉だ。外側から押さえつけられているようで開かない。
ガンガンと扉を叩いていると、背後で足音が鳴った。ライリーはぎくりとして、こわごわと振り向く。すると、そこにいたのは――二十歳前後の青年だった。
青い騎士服を身に纏っていることから、青薔薇騎士団の騎士だと思われる。つまり、エザラに仕える騎士だ。
――寝台のある部屋で、己の侍従でもない男と二人っきり。
ライリーは最初こそ状況を呑み込めなかったが、数拍置いて察した。これはエザラの計略、要するにはめられたのだと。
エザラの思惑はこうだろう。廃宮にライリーと肝試しに行ったら、いつの間にかライリーがいなくなってしまった。探し回って見つけた時には、すでにライリーは寝室でなぜか暴漢(エザラの護衛騎士)に襲われており、エザラは助けを求めるべく廃宮を出る。
そのあとは赤薔薇騎士たちに事情を知らせ、ライリーを救出し――その話はセオの耳にはもちろん、上層部にまで届くはず。そうなると、ライリーの意思でなくとも不貞を犯したことになり、王婿に地位にはふさわしくないと後宮を追い出されるに違いない。
(正々堂々と行きましょう、ってどの口が言ってたんだよ!)
まさか、エザラがこんな卑怯な手を使うなんて。
こつん、こつん、と青薔薇騎士が靴音を立てて近付いてくる。これから何をされるのかが分かって、ライリーの身体は恐怖に震えた。
「く、くるな!」
掠れる声を振り絞って怒鳴るが、青薔薇騎士の足は止まらない。
――ダメだ。犯される。
ライリーは、ぎゅっと目をつぶった。
(セオ……!)
愛する人に助けを求めたが、ゼフィリア王城で執務中のセオがこの事態を知りようはずもない。助けに現れることはなく、ライリーは目の前までやってきた青薔薇騎士に腕を掴まれた。
思わず、「ひっ」と声が漏れる。細身のわりには腕力のある手に引っ張られて、ライリーは寝台の上に放り投げられた。
――ああ、もうダメだ。
このまま犯されるのだと、ライリーは諦観にも似た絶望感に打ちのめされた。せめて抵抗すべきだろうとは思うが、恐怖で体が思うように動かない。
(セオ……)
やっと、セオに自分の気持ちを伝えたところなのに。
これから、セオと夫夫としてやっていこうと誓ったばかりなのに。
(ごめん。ごめんな)
ライリーの護身が甘かったために、こんなことになってしまった。
セオとの仲を引き裂かれるつらさもあるが、元々後宮入りした理由――弟のフィンリーのことも頭に浮かんだ。もし、ライリーが後宮を追い出されたら、フィンリーの後宮入りルートが復活してしまいかねない。そうしたら、歴史世界通りに暗殺されてしまうのでは。
とんでもないことになってしまった。
色々な思考がぐちゃぐちゃになっているのもあり、身動きがとれずにいると。ライリーの上に馬乗りになった青薔薇騎士が、耳元に囁いた。
「安心して下さい。あなたを犯すつもりはありません」
…………ん?
知らず知らずのうちに涙目になっていたライリーは、ぽかんとして青薔薇騎士の顔を見上げた。思っていたよりも優しげな顔立ちの、優男だ。
「ただし、僕としばらくこの部屋にとどまって下さい。もし、逃げるようであれば、その時は容赦なく殺します」
長い前髪の奥にある双眸にある色は――本気だ。本気で言っているのだと肌で感じる。
このまま、救出されるまでここにいれば、殺されも犯されもしない。だとしたら、答えなんて決まっているだろう。
(俺は……死ぬわけにはいかないんだ)
セオとの仲を引き裂かれても、弟のことは守らねばならないのだから。
ライリーはこくりと頷いた。
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