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第39話 ライバル側婿4

「何を、って……ですから、エザラ様のお望みを叶えるために、僕は……」 「仮にエザラ殿下がお世継ぎを産んで、その地位が盤石なものになったとして。それでサンドフォード侯爵はエザラ殿下のことを愛するようになるのか? ――なるわけ、ないだろ」  ただ、都合のいい駒として利用しつくす未来しか見えない。  真に我が子を愛すのであれば、願うのは我が子の幸せであるはず。こんなことをさせる親なんて、たとえ親の思い通りに動いたところで、愛を注いでくれるように変わるわけがない。 「ただ、唯々諾々と従うことだけが恩返しなのかよ。あんたが本当にエザラ殿下のことを想うのなら、もっと他にやるべきことがあるんじゃないのか」 「他にやるべき、こと……?」  何を言われているのか分からないといった顔の、青薔薇騎士。けれど、ライリーの言葉に何か思うところはあるんだろう。黙って、考え込み始めた。  ライリーはその様子を黙って見つめ、内心息をつく。こんな目に遭わせている奴らのために何か助言するなんてバカげているとは思うが、こればかりはライリーの生来の性格だ。 (それにしても、エザラ殿下はそんな家庭環境で育ったのか)  よくグレずに育ったものだ。前世でも今世でも両親から愛されて育ったライリーに、エザラの胸中を正確には推し量れないが、それでも親から愛されないことほど、子にとってつらく悲しいことはないんじゃないだろうか。  おまけに婿入りした先でも、セオからの寵愛を受けていないのだ。そう考えると、些かエザラの人生が不憫に思うところはある。だからといって、やっていいことと悪いことの区別はあるだろう、と思うが。  ライリーは寝台の上で、膝を抱え直した。 (……そろそろ、助けはくるかな)  きっと、ダレルや他の赤薔薇騎士たちが救出にきてくれるだろう。そしてライリーのことを保護し、青薔薇騎士のことは拘束し、起こった事態をセオへ報告する――という流れになると思われる。後宮を追い出されるまで、せいぜい半月から一ヶ月といったところか。  その後は、一旦ハイゼル侯爵家に戻ってフィンリーを連れ去る。他国に渡って、何がなんでもフィンリーのことは守らなければ。  セオのことは……諦めるしかない。元々、ライリーがセオと結ばれるルートなんてなかったのだから、歴史修正力が働いているとでも考えるほかない。 (そうだ。初めから、俺たちが結ばれる未来なんて存在しなかったんだ。仕方ないんだ。だから……泣くな、俺)  緩みそうになる涙腺を必死に堪え、ライリーは再び抱えた膝に顔をうずめる。  寝室の時計は停止しているため正確な時間は分からないが、おそらくそれから数十分ほど経った頃だろうか。とうとう、扉が外側から開かれた。  はっとして顔を上げると、そこには。 「セオ……」 「ライリー。遅くなってすまない」  なぜか、セオが立っていた。ダレルや他の赤薔薇騎士たちを率いて。  戸口に立ったままのセオは、低い声でダレルたちに命じる。 「その青薔薇騎士を拘束しろ」 「はっ」  ダレルたちが一斉に青薔薇騎士を取り囲む。青薔薇騎士は剣を抜いて対抗するそぶりを見せたが、わざと手加減したのか、あるいは実際にさほど強くないのか、あっさりとダレルたちに捕まった。まぁ、ここで捕縛されるつもりではあったんだろう。 「ライリー。大丈夫か」  寝台まで駆け寄ってきたセオの表情は、気遣わしげ……を通り越して、心配し過ぎて不安といった顔だ。焦りの色さえある。 「……うん。大丈夫だよ」  応えながら寝台から下りたライリーを、セオは抱き締めた。それはもう力強く、もう決して離さない、離したくないという感じで。  だが、抱き締めるだけでセオは何も言わなかった。『無事か』と聞かないのは、エザラからすでに青薔薇騎士に襲われていたところを目撃した、とでも聞いたのかもしれない。  ライリーからも何も言わなかった。ただ黙って、セオと抱き合った。もう最後になるかもしれない抱擁を、その身に刻むように。 「ひとまず、赤薔薇宮に戻ろう」  セオの言葉にライリーは頷いて、ようやくその部屋を出られた。  赤薔薇宮までの道中、セオの話によると。  セオは少し早い昼休みをとって、ライリーの下を訪れたのだという。が、ライリーはエザラと廃宮に出かけていて不在だった。では帰りを待とうと決めたところへ、エザラが助けを求めて赤薔薇宮に駆け込んできたことから、今回の事態を把握し、駆けつけたというわけだ。 「助けに行くのが遅くなって、本当にすまなかった。怖かっただろう」  赤薔薇宮の自室に着くと、セオはまたライリーを力いっぱい抱き締めてくれた。  ライリーは、どう返答したらいいのか分からなかった。犯されも殺されもしないという状態だったため、怖かったのは最初くらいだったから。  だが、それを口に出すべきなのかは分からない。ふと考えたら……もし、ライリーが犯されていないと主張した場合、もちろんそれを信じるセオは、ライリーのことを庇う方向に進む可能性もあるのではないかと、思い始めたからだ。  つまり、ライリーのことを手放したくないばかりに、外聞が悪かろうとライリーを王婿の地位につけたままにするかも、という危惧だ。  もし、そんなことをしたら。恋愛脳の愚王と叩かれかねない。セオの政権に悪影響が出るかもしれない。……それは嫌だ。 (セオの足を引っ張るような真似はごめんだ)  だとしたら、ここはライリーの口からも、犯されたと主張すべきなのでは。それでもなお、ライリーを切り捨てることができないようであれば、もうライリーの方から王婿の地位を降りると宣言するほかあるまい。  セオのためにライリーができることといったら、それくらいしかないだろう。 「……ライリー」  抱きしめたまま、セオがようやく口を開く。 「あの青薔薇騎士とは何もなかった、と言ってはくれないか」  ――ああ、やっぱり。  実際に何もあってほしくはないだろうが、今セオが言っているのはそういう意味ではなく、ライリーが予想した理由からだ。 「ライリーがそう言ってくれたら、私は信じる。上層部にも……」 「バカか、お前」  人の口には戸が立てられない。この一件はもう、みなが周知することとなってしまった。秘密裏に処理できたイーデンの時とは違う。 「お前は国王なんだ。国のことを一番に考えなきゃならないんだよ。お前がこれからやらなきゃならないのは、俺を王婿の地位から降ろすことだ」  そっと、セオから体を離す。離れる。  もうセオの傍にはいられない。少なくとも、王婿として傍にいる資格はない。 「とっととその仕事をしてこい。俺はもう、王婿の地位にはふさわしくないんだ」 「ライリー……」  セオの腕が追いすがるように伸ばされる。けれど、その手がライリーに届く前に、セオが自ら腕をゆっくりと下ろした。  そっと目を伏せ、「すまない」とだけぽつりと呟く。 「ライリーの言う通りだ。私は……私のすべきことをする」  そう言って、セオは身を翻して部屋を出て行った……。

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