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第40話 ライバル側婿5
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目を見れば、分かった。ライリーの覚悟はもう決まっているのだと。
――そう、自分と別れる覚悟を。
(ライリーの方が、よほど国王に向いているのかもしれないな)
赤薔薇宮を出たセオは、来た道を引き返しながら、自嘲の笑みを口元に刻む。
腹をくくっているライリーに対して、自分はどうだ。ライリーのことを手放したくないばかりに、真偽はどうあれ『何もなかった、と言ってはくれないか』などとバカなことを口にしてしまった。ライリーの言う通りだ。
今、セオが国王としてせねばならないのは、ライリーを王婿の地位から降ろす決断を下すこと。そんなことは、頭では分かっているのだ。ただ、感情が追いつかないだけで。
(……ひとまず、青薔薇騎士の話を聞かねばな)
十中八九、ライリーのことを襲ったと証言するだろうが。
セオ自身は真偽を見極められていない、というのが正直なところだ。ライリーの様子からはとても襲われたようには思わないものの、あのエザラが嘘をついているとも思えない。
しかし……真偽は、もはやどうでもいいことなのだ。己の王婿が侍従でもない男と二人っきりで密室にいた、という事実だけが遅かれ早かれ、有権者たちの耳には入る。それはどれほど外聞が悪いことか。ライリーがもう王婿の地位にふさわしくない、というのはそういうことだ。
それでも……どうにか、ライリーを守る方法はないか。
往生際悪く考えながら、セオは投獄されている青薔薇騎士の下へ足を運んだ。途中、念のため護衛役のハリスンを拾って。
「こ、これは、陛下。ここは陛下がいらっしゃるところではありませんよ」
地下牢の監視役である王立騎士が、恐縮といった顔で一礼する。
「青薔薇騎士のことでしたら、我々が事情聴取いたしますから」
「私が直接、本人に事情を聞きたいんだ。通してくれ」
王立騎士は眉をハの字にしたものの、渋々と道を空けた。
地下のひんやりとした空気を切るように、セオは颯爽と道を進む。すると、通路の一番奥の牢獄に、青薔薇騎士がおとなしく閉じ込められていた。
「ヒューゴ・ウォリス」
名を呼ぶと、青薔薇騎士――ヒューゴは、そろそろと顔を上げた。その目には、これから裁かれる恐れといったものはない。ただ、覚悟を決めているような毅然とした光がある。
先ほどのライリーと似たような目だと、セオは思った。
「なんでしょう。ここは、陛下が足を運ぶようなところではありませんよ」
「……お前は、本当にライリーのことを襲ったのか」
「ええ。以前から、ライリー殿下のことをお慕い申し上げておりまして。その気持ちを抑えられず、手を出してしまいました」
仮にそれが事実だとして、悪びれる様子は一切ない。
だが、開き直っているというよりは……なんだろう。まるで何かを守っているような、一歩も引かない気概のようなものを感じる。
セオは怪訝に思った。
(何かを守るって……何をだ)
こうして自供しているのだから、身の保身ではあるまい。となると、普通に考えたら己の主人……エザラのこと、だろうか。
(……まさか、今回の一件はエザラの計略なのか?)
直感でそう思う。元々、ライリーを廃宮に誘ったのはエザラからだ。ライリーのことを蹴落とす計画を、ヒューゴと企てたのかもしれない。
ありえないことではないだろう。エザラがセオの世継ぎを産みたいと考えていれば、セオの寵愛を受けるライリーを疎ましく思って排除しようと動くのは。ただ、それをあの人格者のエザラが行うという点だけが、にわかには信じがたいのだが。
思考はそこまで進んだが、その先にはいけなかった。二人が共謀していたとしても、どうやってそれを証明しろというのだ。それに繰り返しになるが、真偽はどうあれライリーはヒューゴと二人っきりで部屋にいたという事実がある以上、外聞が悪いことには変わりない。
そこへ、ヒューゴがライリーに手を出したと自供されては、やはりライリーのことは王婿の地位から降ろす決断を下すほかない。
目の前にいるヒューゴは、格子越しに恭しく頭を下げた。
「どうぞ、気の済むような処罰をお与え下さい。死刑でも構いません。私はひととして、やってはいけぬことをしてしまいましたから」
そこまで、エザラに忠義を尽くすか。
何か強い恩義があるのかもしれないと思いつつ、セオは全く別のことを口にした。
「ライリーはな、言っていた。自分を王婿の地位から降ろすことが私のこれからの仕事だと」
「え?」
ヒューゴは眉根を寄せる。唐突な話題変更だったからというのもあるだろうが、それ以上にライリーの言動が予想外だったんだろう。
「……ライリー殿下は、陛下に縋らなかったのですか」
「ああ」
「なぜですか」
「そんなことは決まっているだろう。――私の国王としての未来を守るためだ」
国王であるセオがライリーのことを王婿のままにしておくのは、簡単とは言わないができないことではない。セオが命じれば、上層部とて従うほかないのだから。
しかし、そんなことをしたら恋愛脳の愚王と叩かれるのは必至。大国ゼフィリアの国王としての正しい選択とは言い難い。
セオの今後の政権に悪影響が出るだろうからと、ライリーはセオのことを諫めたのだ。
「だから私も、ライリーの想いに応えなければならない。ライリーのこと誇りに思うよ。私にはもったいないほどの王婿だ」
ふっと優しげな笑みをこぼすセオを、ヒューゴは黙って見つめた。その表情は、どこか眩しいものを見るような、羨望めいたものだった。
「話は以上だ。貴殿への処罰は追って沙汰を申す」
セオが身を翻そうとした時だ。ヒューゴが小さく口を開いた。
「……お待ち下さい、陛下」
「なんだ」
再び振り向くと、ヒューゴは逡巡したのち、意を決したように顔を上げた。
「こたびの件について、真実をすべてお話いたします――」
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