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最終話 セオの出生4

「へ、陛下!? ご無事だったのですか!」  ゼフィリア王城の門番が、ライリーたちの姿を見て仰天する。どうやら、末端の者は本当にセオが行方不明になったのだと聞かされていたらしい。  ライリーたちは門番に通してもらい、玉座の間まで進んだ。その途中にすれ違う王立騎士たちや使用人たちは、みな驚いて、同時に無事であることを喜んでいた。  セオの好感度が分かるというものだ。  玉座の間に入ると。 「あ、異父兄上!」  セオの異父弟ノアと、重鎮たちが驚愕の顏でセオを見た。ノアはまだ玉座に座ってこそいないが、その装いはほとんど国王衣装といってもいい。急いでルエニア公国から戻ってきたが、ぎりぎりだったようだ。 「どうして戻ってきたのですか! ぼ、僕は……!」  ノアは泣きたそうに顔を歪める。セオが戻ってきたら処刑せざるを得ないことは理解しているんだろう。  一方のセオは、毅然とした表情で一歩近付いた。 「ノア。甘さは捨てろ。ゼフィリアの国王となるのなら」 「ですが……!」 「――処刑されに戻った、という解釈でよろしいのですかな?」  異父兄弟との間に割って入ったのは、重鎮たちのうち一人――恰幅のいい初老の男性だ。その顔には戸惑いの色がありつつも、セオの行動の意図を理解できているようだ。  セオは「ああ」と頷く。 「ノアの手で処刑されよう。――本当に私が王家の血を引いていないのだとすれば、な」  ノアはもちろん、重鎮たちも怪訝な顔をした。  確かにセオが王家の地を引いているのであれば、そもそも政権交代をする必要などないのだが、それを判別する技術はゼフィリアにはない。 「……あなた様が前ゼフィリア国王陛下の血を引いている可能性はあると思いますが、どうやってそれを証明するというのです」  白い祭服に身を包んだ男性が言う。衣装からして神官長だろうか。  やっと出番が回ってきたと、ライリーは前に進み出た。 「私が作った魔法薬でそのことを証明します」  掲げて見せたのは、細長い容器に入った一見なんの変哲もない透明な液体。  しかしその実態は、血の繋がりがあるかないかを判別する魔法薬だ。確かめたい二人の血を一滴ずつ落とすと三親等以内であれば、この透明の液体が黄金色に変わる。  王家の血筋を引く異父弟ノアと血の繋がりがあれば、おのずとセオも王家の血筋を引いているという証明になる、というわけだ。  無論、セオとノアだけに使っても、そういう細工をしたんだろうと思われるだろうから、王立騎士たちの中から血縁関係のある二人、そしてまったく他人の二人を連れてきてもらって、八百長ではないことをアピールした。  透明な液体が黄金色に変わるさまには、みな不思議そうな顔をしていた。 (セオが王家の血を引いていない可能性は……あるけど)  なにせ、事前にノアの血を入手できたわけではない。二人の血が繋がっているかどうかは、実際にやってみなければ分からない。  ――もし、セオが本当に王族でなかったら。  その時は、腹をくくる。セオが処刑されるところを見届ける。  そして――自分はすでにセオの子供を身ごもっていると嘘をついて処刑してもらい、後を追うつもりだ。この考えは、セオにも誰にも言っていないけれど。 (頼む。どうか、二人に血縁関係があってくれ……!)  切に願いながら、魔法薬の容器にノアの血を一滴垂らしてもらう。この段階では、うっすらと赤いだけ。 「セオ」  ライリーは、セオの目の前に容器を差し出した。ライリーの視線を受けてセオは一つ頷いてから指先を刃物で傷付け、容器に指先をかざす。  ――ぽちゃん。  ぷっくりと膨れた赤い血が、中の液体に落ちた。  その場の全員の視線が、ライリーの手にある容器に集中する。変わらないままか、それとも黄金色に変わるか――。 「あ……」  固唾を飲んで見守る中、容器がぱぁあああと明るく輝いた。――黄金色だ。  セオはノアと血縁関係がある、つまり王家の血筋を引いているということだった。  その後は、すんなりと元の生活に戻ることができた。  元よりセオに国王でいてほしかった者たちだ。魔法薬による結果をあっさりと認め、ノアへの政権交代も白紙になった。  セオは処刑されず、国王の座についたまま。 「いやはや、魔法薬を作れる者が現代に存在したとは」  大聖堂の待合室へ顔を出した神官長は、穏やかな表情ながら感激しているような眼差しで、ライリーを見下ろした。  ライリーは、首を傾げるしかない。 「魔法薬のことをご存知なんですか?」 「聖書に書かれてあります。かつて人類はみな魔力を持ち、魔法や魔法薬を使って生活していた。その中でも、大魔法薬師レノンが作る魔法薬の効能は強大だったと」 「…………え?」  大魔法薬師レノン。  レノンとは、ライリーの前世の名前だ。大がつくほど優れた魔法薬師ではなかったが……偶然、だろうか。 「聖書を書かれた方のお名前は、分かりますか?」 「ええ。アリス様とおっしゃいます。大魔法薬師レノンとその妹イーヴァの母と書かれてありますね」  レノンとその妹イーヴァ。そしてその母アリス。  どれも覚えのある名前ばかりで、ライリーは呆気に取られるほかなかった。レノンはライリー自身、イーヴァは妹、アリスは母の名前だ。 (え、そのアリスが聖書を書いた人物ってことは……まさか、このBL小説を書いたのが母さんだったってこと!?)  言われてみると、母は夜遅くに細々と小説を執筆していた記憶があるが。しかしまさか、その息子が母の書いたBL小説の世界に転生するなんて、一体どんな縁だ。  とはいえ、過去に魔法薬が存在した設定になっているから、ライリーが作った魔法薬を神官長を筆頭にみながすんなり受け入れたのか。なるほど。 「陛下の血筋の疑惑が晴れて本当に喜ばしいことです。陛下なら輝かしい時代をお作りになることでしょう。これもアリス様のお導きかもしれませんね」  ライリーは、曖昧に笑うしかない。  本当に母の導きなのであれば……本編に比べて暗い外伝に救いをもたらしたかった、という考えがあるのかもしれない。本来の歴史を改変しすぎて、本編のヒーローが生まれるルートまで消滅してしまったが。 「では、また後でお会いしましょう」  神官長は微笑みながら、待合室を退出していった。それからほどなくして、入れ替わるように入室してきたのはセオだ。 「ライリー。待たせた」  純白の花婿衣装を身に纏ったセオは、ライリーの姿を見て仄かに笑った。 「綺麗だ。よく似合っている」 「ありがとう。セオもよく似合ってるよ」  互いの花婿衣装姿を褒め合い、そして微笑み合う。  ――そう。今日は国王セオと、その正婿ライリーの結婚式なのだ。 『ごめん、セオ……実は俺、欠陥オメガじゃないんだ』  ゼフィリア王城に戻る前。魔法薬について話した時、ライリーはセオに真実を打ち明けていた。抑制剤を飲んでわざと欠陥オメガのふりをしていたことを。 『だから、セオの子供を産めるよ。……無事に事が進んだら、セオの子供を産みたい』  さすがにBL小説に転生うんぬんは話していないが、前世の記憶があってその技術で魔法薬を作れると説明している。  そんなわけで、セオの意向もあってライリーは正婿に昇格したのだった。  セオは、ライリーにすっと手を差し出した。 「行こう。ライリー」 「うん」  その手を取って、ライリーは椅子から立ち上がる。そして、ともに歩き出す。  明るい未来への第一歩を。

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