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第44話 セオの出生3

 ――ジョセフ・グローヴ。  子供時代のセオを救った、前宮廷医の名前だ。 「実は、義父は亡くなる前にこう言い残しておりました。『私は…なんて罪深い過ちを犯してしまったのだろう……』と」  そっと目を伏せるレイフに、口を挟むのはハリスンだ。 「つまり、レイちゃんのお義父さんと前正婿殿下は恋仲で、一夜の過ちまでをも犯したってこと? で、それで生まれたのが陛下だと」 「その呼び方はやめろ」  レイフはぎろりとハリスンを睨んでから、一つ頷く。 「ともかく、おそらくそうだと思う。義父が教会で懺悔したとも日記に書いてあった。あそこはサンドフォード侯爵領だ。懺悔の内容がサンドフォード侯爵に伝わって、さらにサンドフォード侯爵が上層部に密告したんだろう」  宮廷医なら例外的に宮殿内に立ち入れる。一夜の過ちを犯せる可能性は、決して低くない。  ライリーは、呆気に取られるほかなかった。 (ジョセフ先生がセオの実父……? じゃあ、前正婿殿下はそのことに罪悪感を覚えて、自害したのか? セオのことも道連れにしようとして)  確かにそう説明されたら、話の筋は通っている。  ――が。 「待って下さい。オメガの発情期は三ヶ月に一度なんですよ? その日に前ゼフィリア国王陛下とも関係を持っていなければ、前ゼフィリア国王陛下がセオのことを実子でないと気付くはずでは?」 「ええ、おっしゃる通りです。当然、前ゼフィリア国王陛下ともその日に肉体関係を持っていたことでしょう。ですから、もしかしたら陛下は、前ゼフィリア国王陛下のお子である可能性も十分にありえます」 「じゃ、じゃあ……」 「しかし、その判別は我々にはつかない」  ハリスンが、そっと息をついた。 「ゼフィリアの……いや、近隣諸国にだって、そんな技術はないからね。陛下に王家の血筋を流れていないっていう疑惑があるだけでも、王位につく資格はないってことか」 「ああ。おまけに生みの父が不貞を犯しているというだけでも、世間体は悪いからな」  再び俯いているセオは、沈黙したままだ。  ライリーは、セオになんと声をかけたらいいのか分からなかった。家族事情が複雑かもしれないこともそうだが、何よりもこれまで国王として努力してきたセオに国王たりえる資格がない、という無慈悲な現実を突きつけられていることが安易な慰めをはばからせた。 (『やむを得ず』って、こういうことだったのかよ)  ノアも上層部も、本音ではセオに国王でいてもらいたいことだろう。けれど、血筋の疑惑が出てしまった以上、その情報を握りつぶすことはできない。ゼフィリアの国王が王家の人間ではないと諸外国に露呈しては、大国の沽券に関わる。  本来であれば、王族を騙っていたとして処刑されてもおかしくはないが、こうして温情をかけてもらえたのは、セオのこれまでの実績に対する敬意からか。  レイフは、おずおずと口を開いた。 「上層部は、陛下が行方不明になったという体で政権交代を推し進めるはずです。陛下のお命を狙ってくることはまずないでしょう」 「………」 「ですから……その、どこかなるべく人のいない場所に隠居なさるしかないかと。ルエニア公国内でも、カシェート帝国内でも」  セオが国王を続けるルートはないのだと、レイフは言外に告げている。といっても、ライリーにもそれは理解できた。 「セ、セオ。レイフさんの言う通りだよ。一緒に隠居しよう?」  このまま行方をくらませれば、命を取られることはないのだ。国王の地位は諦めるしかないが、生きていられるだけで十分だろう。セオはそこまで強欲ではないはず。  ――と、思っていたのだが。 「ダメだ。ゼフィリア王城に戻る」  ライリーは、いやその場の三人ともが、目を丸くした。 「セオ!? 何言っているんだよ! 帰ったら、王族を騙っていた罪で処刑されるだろ!」  ノアや上層部もそうしたくないから、こういう手法をとったのだろうに。  それとも、武力を振りかざして国王の座にしがみつくつもりなのか。 「国王の地位は諦めよう! 悔しいのは分かるけど、さ……」  世の中、どうにもならないことはある。  ハリスンとレイフも、困った顔をして互いの顔を見合わせている。主人の言葉の意味を推し量りかねているようだ。 「私は、なにも国王の地位が惜しいから、戻ると言っているのではない」 「じゃあなんで……」  セオは誰の目も見ることなく、落ち着いた声音で言った。 「私は――偽王族として処刑されるために戻るんだ」  しん、とその場に沈黙が下りた。  セオ以外の三人ともが、言葉の意味を理解できなかったと思う。 「は……? 処刑されるために戻る……?」  意味が分からない。せっかく見逃すと言ってくれているのに、どうしてわざわざ処刑されに戻るというのだ。 「意味が分かんないよ。このまま俺と隠居したらいいじゃん!」 「それではダメなんだ。ノア政権を……ゼフィリアを、守るためには」  セオは膝の上で、ゆったりと指を組む。 「どんなに事実を隠そうとしても、他国の諜報員は嗅ぎつける。そうなると、王家の血筋を引かない男が国王をしていたこと、その男は王族を騙っていたにも関わらず処刑されなかったこと、などが他国に露呈する。私が国王を務めていたことはもう仕方ないとして、その私を処刑しなかったノアは甘い国王だと嘲笑され、舐められかねない。その手の評価は大国ゼフィリアを治める国王としては致命的だ。弱々しい国王に映り、外交で不利益をこうむったり、果てには攻め込まれたりする危険性がある。それは避けたいことなんだ」  訥々と語るその横顔は、まぎれもなく国を憂う国王の顏で。  ライリーはセオの説明を理解できるばかりに、何も言えなくなってしまった。 「ノアにはけじめをつけさせねばならない。私はきちんと民衆の前で、王族を騙っていた者として処刑されねばならないんだ。見逃すなんて生温いことはさせない」 「セオ……」  セオの瞳には、断固たる決意の光がある。引き止めても、泣いて縋っても、セオは単身ゼフィリア王城に戻るだろう。  このままでは、セオが処刑されてしまう。  このままでは、セオが目の前からいなくなってしまう。 (そんなの嫌だ…っ……)  一生、大切にするって言ったじゃないか。永遠の愛を誓うから、って。  これから、セオと夫夫としてやり直していくところだったのに――置いて行かないで。 「あ、あのさ。待ってくれ。早まるなよ」  確かに、ゼフィリアにも近隣諸国にも、血筋を見分ける技術はない。――けれど。  ライリーには、魔法薬という技術があるのだ。 「俺が――セオとノア殿下が異父兄弟だって証明してみせる」

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