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第43話 セオの出生2

 そこまでは頭が回ったが、『やむを得ず』という事情がなんなのかは分からない。それにこのことをセオに知らせる意図はなんだろう。 「でもなんで、セオが行方不明だから王位を簒奪されるっていう噂がセオの下に届くんだ? 普通に考えたら、セオが慌てて王都に戻っちゃうだろ」 「それは私たちが意図を汲み取ってくれるだろう、という信頼からだろう」  セオの言葉に、レイフが「ええ」と頷く。 「これから王位を簒奪する。それをあえて陛下に伝える理由は一つしかないでしょう。――今のうちにどこかへ逃げろ、そうすれば命まではとらない、というノア殿下たちからの温情ですよ」 「へ? に、逃げろ? え、セオに王位を捨てろと伝えているってことですか?」 「そうです」  セオに王位を捨てさせる。一体なんのために。  それが『やむを得ず』という事情に絡んでくる理由なのだろうか。 「いかがいたしましょうか、陛下」  セオの命令を待つのは、ハリスンだ。いや、ハリスンだけではない。ダレルや赤薔薇騎士たちもセオからの指示を待っている。  セオはしばし考え込んだのち。 「……ひとまず、ルエニア公国へ避難する」  重々しい声でそう告げた。  サンドフォード侯爵領からルエニア公国までは、そう遠くない。馬車で一週間もあれば、国境に辿り着いた。そこからさきに王都まで進み、ルエニア城に到着したのは十日後のことだ。 「ライリー殿下! 久しぶりだな!」  嬉々とした顔のアレックスが、ライリーたちを出迎えた。ライリーに駆け寄ろうとしたアレックスだったが、セオの存在を思い出したようで足を止めた。 「これは失礼いたしました。セオ陛下。旧友との再会に心が躍ってしまいまして」 「気にせずともいい。ライリーと仲良くしてくれて、こちらこそ感謝する」  セオは柔らかく笑み、アレックスの非礼を寛大に許す。  アレックスは「ありがとうございます」と一礼してから、改めてセオと向き合った。穏やかながら真剣な目をしたその表情は、もう立派な君主なのだなと思わされた。 「それで、いかがされましたか。旅行……とも、思えませんが」  後ろに控えているハリスンたちの雰囲気が、ぴりついているのを察したんだろう。アレックスもまた、表情を引き締める。 「お力になれることがあれば、なんなりとお申し付け下さい。カシェート帝国の件では、セオ陛下に大変お世話になりましたから」 「ありがとう」  セオは事情については口にせず、ただしばらく滞在したい旨を伝えた。  アレックスのことだから事情を根掘り葉掘り聞きたがるのではないかと危惧したが、やはり君主として成長しているようだ。「かしこまりました」とだけ応えた。 「どうぞ、お好きなだけ我が国にご滞在して下さい。歓迎いたします」  アレックスは後ろに控えていた臣下を振り返った。初老の臣下は一つ頷き、ライリーたちを部屋まで案内してくれた。 「おぉ、広いな」  セオとともに通された来賓室は、赤薔薇宮の自室に負けないほど広い。ルエニア城自体はゼフィリア王城に比べたら小さいが、こういった来賓室はきちんと用意してあるらしい。  窓辺に駆け寄ったライリーは、窓の外から眼下を見下ろした。視線の先には、瑞々しい野菜たちが実っている菜園が広くある。  アレックスとは手紙を交わす仲だが、そういえば『菜園公』を目指すといってルエニア城の敷地を菜園だらけにした、と手紙に書かれてあったことを思い出す。 (はは、本当に菜園だらけだ。真っ直ぐだよな、アレックスは)  これだけの広範囲の菜園をアレックスだけでお世話できるとは思えないから、きっと臣下たちや国民たちの手を借りているんだろう。収穫祭なるものは賑やかだったとセオも言っていたし、みなから愛されている君主なんだろうなと思う。  歴史世界から未来が変わってよかった。アレックスに関しては、心からそう思う。 「セオ。セオもこっちにこいよ」  豪奢な寝台に腰かけているセオを振り向くと、セオは陰りのある顔で俯いていた。その表情からは何を考えているのか、ライリーに汲み取ることはまだ難しい。トマスだったら分かるだろうか。 「セオ? ええと、謎のクーデターについて考えているのか?」  ライリーが歩み寄っていくと、セオは目線を合わせずに「ああ」とだけ言う。  ライリーからしたら『謎のクーデター』だが、まるでセオにはクーデターを起こされる理由に察しがついているように思えた。 (セオが王位を簒奪される理由なんて思いつかないけどな……だって、いい国王じゃん。カシェート帝国の件だって、自分から出向いたくらいだし)  上層部たちとてそう思っているから、セオのことを暗殺や監禁をしないのではないのか。そうでなければ、逃げろという温情をかけたりはしないはずだ。 (王位を簒奪される理由……うーん、なんだろ)  セオの隣に座って、セオ本人に訊ねようと口を開きかけた時だ。控えめなドアノックの音が室内に響いた。  セオは無反応だったので、ライリーが「どうぞ」と応えると、 「失礼します。陛下、ライリー殿下」  厳しい顔をしたレイフが、ハリスンとともに入室してきた。  セオの側近二人は、セオの前に並び立つ。 「陛下。こたびの件のことですが」  早速、切り出したレイフに、セオは顔を上げることなく応えた。 「察しはついている。――私は王家の血筋を継いでいなかったんだろう」  ぽつりとこぼれた呟き。  ライリーは、一瞬言われた言葉を理解できなかった。 (セオが、王家の血筋を継いでいなかった!?)  どういうことだ。セオは前正婿の子供のはずだろう。まさか、本物の『セオ』は死産で、セオは取り替え子だったんです、とでも言うつもりか。 「ど、どういうことだよ、セオ。セオは前正婿殿下の息子だろ」 「ああ。それは違わないだろう。問題はその相手だ」  ライリーは、眉をハの字にした。 「相手って……そりゃあ前ゼフィリア国王陛下だろ? 後宮にいたんだから」  他に誰の子を妊娠する機会があるというのだ。後宮の宮殿には、宮女たちかオメガの男性しか入れないのに。護衛の騎士たちとだって、二人っきりで会うことなどそう許されない。  国王以外の子を孕まぬよう厳重体勢を敷かれているのに、誰の子を妊娠するというのだ。 「……そこまでは私にも分からない。だが、レイフ。お前には察しがついているんだろう」  そこでようやく、セオは顔を上げてレイフを見た。 「誰だ。私の本物の実父は」  レイフは少し躊躇するそぶりを見せたものの、すぐに返した。 「私の義父、――ジョセフ・グローヴかと思われます」

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