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第42話 セオの出生1
――『側婿エザラ・サンドフォード』の失墜。
素直に喜ぶことはできかねるものの、しかしこれで今世界は大きく変わるだろう。エザラが正婿としてセオの世継ぎを産むルートが消滅したのだから。
と、なると。セオの世継ぎを産むべきなのは、ただ一人となった王婿ライリーの務めだ。
(欠陥オメガじゃないって、どう説明しよう……)
魔法薬が作れるんです、なんてまさか言えるわけがない。セオなら信じてくれるかもしれないが、それを上層部にどう説明するというのだ。
ここはセオが言っていた通りの、発情期はこないが子は産める特殊オメガだった、ということにすればいいのだろうか。
赤薔薇宮にて、自室でうんうんと悩んでいた時だ。扉がノックする音が響いた。
「あ、はい」
返事をすると、顔を出したのはセオだった。
おや、と思う。まだ午前中なのに。昼休みには早いが、何か用なのだろうか。
「ライリー。少しいいか」
「うん。どうかしたのか?」
寝台から下りて、戸口にいるセオの下へ近寄る。セオは流れるような動作でライリーのことを抱き締めつつ、
「明後日から、私と遠出してくれないか」
思わぬことを口にした。
セオと遠出。セオが戻ってきてから初めての誘いだ。
ライリーはぱっと顔を明るくして、どこに行くのかも確認せずに頷いた。
「行くっ!」
――そして二日後。
ライリーは荷物を抱え、セオとともに馬車に乗って王都を発った。トマスやダレルはもちろん、セオの護衛騎士ハリスンも一緒だ。
向かう先は――サンドフォード侯爵領。
「エザラさんのことで何か用があるのか?」
ライリーのもっともな疑問に、セオは仄かに苦笑いした。
「いや、違う。サンドフォード侯爵家に用があるわけじゃない」
「じゃあ、どこに用があるんだ」
サンドフォード侯爵領には、特に王家の別荘地があるわけでもない。紅葉狩りするにも早いし、なんの用で赴くんだろう。
セオは、窓の外に視線を向けた。その先にあるのは、澄んだ青空だ。
「墓参りに行くんだ」
暦の上では秋に入ったが、まだまだ残暑が厳しい。
照り付けるような日差しの下、ライリーはセオとともに小高い丘の上にきていた。色とりどりの花々が咲くそこは墓地であり、ずらりと墓石が並んでいる。
その片隅にあるお墓の前に、ライリーは持っていた花束を供えた。
「ジョセフ先生、か。セオはこの先生のことを今でも覚えているんだな」
――『ジョセフ・グローヴ。ここに眠る』。
セオが子供時代の宮廷医、なのだという。つまり――幼少期のセオが実父から毒殺されかかった時に、セオのことを救ってくれた医師だ。
セオは「もちろん」と神妙な顔をして、墓前に片膝をついた。
「私の命の恩人だ。忘れるわけがない」
「そう、か。そうだよな」
前宮廷医の存在がなければ、セオは今こうして生きていなかったのかもしれないのだ。そう考えると、ライリーとて前宮廷医には感謝しなければ。
「レイフ。ジョセフ先生の最期はどうだった」
セオが後ろを振り向くと、そこにはセオの側近政務官レイフが立っている。なんでも、レイフは前宮廷医の養子だそうで、その最期をきちんと看取ったらしい。
レイフは、秀麗な顔を僅かに歪ませた。
「安らか……には、少し遠かったですね」
セオは、怪訝な顔だ。
「なぜ。何かあったのか」
「申し訳ありませんが、陛下であろうと身内の秘密はお話できません」
毅然と断るレイフに、セオはそれもそうだと思い至ったようだ。「そうだな。詮索してすまない」と素直に詫びて、目線をお墓に戻した。
その横顔は愁いを帯びていつつも、どこか懐かしげな表情が滲んでいた。きっと、もう十数年前の王太子時代に思いを馳せているんだろう。
(どんな先生だったんだろう)
会えなかったことが残念でならない。
享年は五十一歳。この異世界でも寿命は長くはなかった方だろう。一般的に六十歳が平均寿命とされているから。
もっとも、セオの生みの父は二十九歳という若さで亡くなっているわけだが……これに関しては例外中の例外と言えよう。
(セオのことを道連れにしようとした、自ら命を絶った王婿か……)
王婿自身も自害しようとした理由は気になるけれど。それ以上に、我が子にまで手をかけようとした理由は、一体なんだろう。
セオはしばし墓前で前宮廷医の死を追悼していたが、やがて満足したのか立ち上がった。
「さて。用は済んだ。帰ろう」
身を翻したセオの後ろにライリーも続いて進み、道端に停めてある馬車に乗り込もうとした時だった。慌ただしく駆け寄ってくる赤薔薇騎士の姿が見えた。
「へ、陛下っ! 大変です!」
ただごとでない様子に、セオは表情を引き締める。
「どうした」
「それが…っ……」
赤薔薇騎士は、ほんの少し眉尻を下げながら告げた。
「陛下が行方不明になったという噂が王宮に広がっているようでして……このままでは、異父弟のノア殿下が王位につく、というお話が……」
ライリーたちは、目を点にするしかなかった。
セオが行方不明。なぜ、そんな噂が出回っているのだ。セオはきちんとこの地にくることを上層部にも伝えているのに。
それに王都を発ってから、まだ二十日前後。些か噂が出回るのが早くはないか。
戸惑ってセオを見上げると、セオは険しい表情をして、切れ者とされるレイフと互いに顔を見合わせていた。
「レイフ。これはクーデターだな」
「……はい。ただ、気になる点もありますね」
やりとりを聞いたライリーは、絶句するほかない。
クーデター、だと。ノアがセオから王位を簒奪するつもりということか。
「な、なんでそんなに冷静なんだよ! 大変じゃん! 早く王都に戻らないと…っ……」
セオは行方不明になんてなっていないと、早くみなに周知させなければ。
慌てるライリーを制するのは、トマスだ。
「落ち着いて下さいませ、ライリー様。レイフ様のおっしゃる通りです。今回のクーデターには引っかかる点がございます」
「引っかかる点?」
「はい」
顎に手を添えるトマスの眼光は、いつになく鋭い。普段の穏やかな表情と違う。まるで軍師のような顔だ。
「本気でクーデターを起こすつもりなら、セオ陛下を暗殺するはずです。行方不明と言っているのに、おおやけの場に出てこられては困りますからね。少なくとも、どこかに監禁しておかねば、計画が成り立たないでしょう」
「あ、なるほど」
セオが王都に戻ったら、この計画はあっさり破綻する。
ではなぜ、そんな方法をとっているのか。それは――やむを得ずクーデターを起こさなければならないが、セオのことを排除するつもりはないから、なのでは。
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