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第1話 『恵みの聖帝』

「もう忙しいったらない。明日からまた仕事だ」 「俺も。四聖帝というのも楽じゃないな」 「……ふっ。忙しいのは、三聖帝の間違いじゃないか?」 「「確かに」」  くすくすと笑う他の四聖帝たちは、明らかに馬鹿にした目でクラークを見ている。けれど、クラークは努めてにこやかに嫌味を受け流した。 「おかげさまで、のんびりとした聖宮生活を送らせてもらっていますよ。皆さんは、お忙しいようで大変ですねえ」  途端に他の四聖帝たちの顔が、つまらなそうな表情になる。いじめ甲斐のない男だと思っているんだろう。ふん、と鼻を鳴らしてその場を立ち去っていく。 「あんな魔力があるかも分からない聖帝、なんのためにいるんだろうな」  うち一人の聖帝の言葉が耳に届いたが、クラークは気にすることなく、他の四聖帝たちとは反対方向へとすたすたと歩き出した。 (魔力があるかも分からない、かあ)  魔力というのは己と同等か格下でなければ、正確に魔力量を推し量れない。圧倒的な魔力差があれば、ほとんど感じ取れなくなる。……というのは、今では知られていない情報らしい。  クラークからしたら、あんたらの魔力の方があるかも分からないほど弱い、と突っ込みたいところだが、それを口にしたら顰蹙を買うこと間違いなしだ。面倒臭くなるので言わない。  ――四聖帝。  それは、ここシムディア王国を繁栄させてきた四人の聖帝たちのことを指す。天魔法を使える『気象の聖帝』、治癒魔法を使える『癒しの聖帝』、地魔法を使える『肥沃の聖帝』、そして緑魔法を使える『恵みの聖帝』。  クラークは『恵みの聖帝』なのだが、緑豊かなシムディアでは緑魔法が活躍することはなく。そのため他の四聖帝たちと違ってやることがないため、教団では無価値な聖帝として認知されている。他の四聖帝たちが馬鹿にした目で見るのもそのためだ。まあ、彼らはみんな高貴なお坊ちゃんなので、クラークが平民出身だから見下しているというのもあるだろう。 (ちょっと散歩に出ただけなのに、まさかあの人たちと鉢合わせするなんてな。運がないというか、なんというか)  一国を繁栄させてきた素晴らしい能力を持つ聖帝といっても、人格までは立派とはいかないらしい。少なくとも、今代の聖帝たちは率直に言って性格が悪いの一言に尽きる。  いちいち彼らの言葉を真に受けるほどクラークは純粋無垢ではないが、それでも気分がいいかと聞かれたら、否と言わざるを得ない。気分転換するための散歩だったのに水を差された。  教団の敷地内を歩いて聖宮の一つ――クラークにあてがわれている緑宮へ戻ると、そこには果樹や作物が瑞々しく実っている畑などの緑豊かな景色が出迎えた。すべて、クラークが緑魔法を使って作った庭だ。  りんごの木からりんごを一つ手に取り、かじりつきながら緑宮の中へと戻る。他の四聖帝たちと違って迎えてくれる宮女はいない――無価値な『恵みの聖帝』に回す人件費がもったいないということらしい――が、一人が好きなクラークにとっては快適だった。  りんごをぺろりと食べてから、寝台に寝転がる。ふかふかだ。 (はあ、幸せ……)  他の四聖帝たちからの嫌味には辟易とさせられるが、それでも働かずとも毎日三食食べられて、さらに昼寝付きの生活というのは最高だ。 (社畜のように働くのなんてごめんだね)  その点、他の四聖帝たちのことは羨ましくもなんともない。  このままずっと、こんなまったりとした生活が続くのだろうと思っていた。この聖宮で生涯を終えるのだろうと。  ゆえに翌日、教皇に呼び出されて告げられた言葉に、クラークは絶句するしかなかった。 「タ、タナルの王子に婿入りしろ、とおっしゃるのですか」  タナルとはシムディアとは海を隔てた大陸にある小国で、様々な理由から砂漠化が進んでいる荒れ地の国だ。その第一王子サイードに嫁げ、と教皇は言うのだ。 「お前を養う金がもったいないからな。荒れ地の国なら、お前の能力も少しは活かせるだろう。聖帝らしく世に尽くしながら生きることだ」 「………」 「半月後、タナルから迎えがくる。それまでに準備しておけ。話は以上だ。聖宮に戻れ」 「……分かりました」  肩を落とし、すごすごと部屋を後にするクラーク。嘘だろう、冗談だろう、と頭の中は焦りでいっぱいだった。 (三食昼寝付きの生活が……!)  手放さなければならないというのか、今の生活を。  第一王子といったら次期国王。次期国王に婿入りするということは、将来的に王婿となるということ。王婿になんてなったら……三食は食べられるだろうが、今のような昼寝付きののんびりとした生活を送れるとは思えない。  それに聖帝らしく世に尽くして生きろ、だと。 (もう忙しなく働かされるのはうんざりなんだが……)  遥か遠い昔の記憶に思いを馳せつつ、教皇の命令とあらば仕方ない。クラークは緑宮に戻って旅支度を整えるのだった。

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