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第10話 温泉を作ろう

「わたくしどもを受け入れて下さってありがとうございます、サイード殿下。助かります。マグマで道が分断されて、こちらに避難するしかなかったものですから」  リグで町長を務めていたという初老の男性リグ人が、代表してサイードに礼を述べた。  あれからリグでの難民は、ヒデナイト地方の各地に分散して避難している。特にこの村は多く受け入れているが、空き家がないものだからいくつも天幕を張って、そこで寝泊まりしてもらっている。それでも大変ありがたいとリグ人たちは感謝してくれているようだ。  相手は他国の国民とあって、サイードは猫かぶりモード発動である。にこやかに言う。 「気にしないで下さい。困った時はお互い様ですよ。故郷が落ち着くまで、どうぞ我が国で生活して下さい」 「おお、なんと寛大なお言葉。本当にありがとうございます。わたくしどもにできることならなんでも致しますので」  恭しく一礼して部屋を立ち去っていくと、サイードの表情が仏頂面に戻る。落差というのかギャップというのか、とにかくすごい。 「……本当に難民を受け入れて大丈夫なんですか?」  その場に同席していたクラークが訊ねれば、椅子に座っているサイードは頬杖をついた。 「これくらいの人数ならなんとかなるだろう。リグとは仲良くしていきたいからな、恩を売っておいて損はあるまい」 「恐れながら、お義父上の承諾は?」 「書状で事後報告だ。まあ、人のいい父上のことだから、助けてやれと返ってくるだろう。そうでなくとも、ヒデナイト地方の管理は俺に一任されている。文句は言えまい」  それから数日経ってタナル国王から書状が返ってきたが、サイードの言う通りだった。困っているのなら助けてやりなさい、ヒデナイト地方はお前に任せている、と書かれていた。サイードは父親のことをよく理解しているようだ。  ともかく、難民を受け入れることになって、さすがのクラークも家に引きこもってゴロゴロばかりしているわけにはいかなくなった。サイードは気にせずにのんびりしていればいい、と言ってくれたが、そういうわけにもいかんだろう。  作物を確保するために地魔法で農地を拡大し、緑魔法で小麦やトウモロコシをチート栽培して、作物量を増やした。 「いつ見ても、クラーク様の魔法はすごいですねえ」  同行したエラムは感心したように言う。けれど、その隣に立つサイードは浮かない顔だ。クラークは首を傾げるしかなかった。 「どうかされましたか、サイード殿下」 「……いや」  答えないサイードに代わって、エラムが苦笑しながら答えた。 「クラーク様のことをのんびりさせてやりたいのに、またお力を借りることになってご自分を不甲斐なく思っているんですよ」 「おいっ、勝手に余計なことを言うなっ」  抗議の声を上げつつも否定しない辺り、エラムの言う通りらしい。本当に真面目な人だ。 「気にしないで下さい。この程度の魔法なんて平気です。それに地方領主の婚約者として何もしないわけにはいかないでしょう」  淡々と述べると、サイードは片眉を上げた。 「む……俺の婚約者として、か」 「何か問題でも?」 「……いや」  またも、エラムが可笑しそうに笑いながら口を挟む。 「照れているようですね。クラーク様の口からご自分の婚約者だという言葉を聞けて」 「だからっ、勝手に余計なことを言うんじゃないっ」  サイードはやはり否定しない。ということは図星なのだ。照れているってどうしてだろうと思いつつ、作業を終えた後は二人と帰路につく。途中でエラムとは別れ、サイードと二人っきりになると、サイードは引き結んでいた口を開いた。 「クラーク。……すまないな。助かった」 「いえ。私は私にできることをしただけです」  怠け者なりに頑張っている人の手助けはしたい。能力を使うクラークの身を初めて案じてくれたサイードのためなのだから、なおさら。 「他の村の農地も拡大しましょうか」 「そうだな……そうしてもらえると助かる。明日からエラムを連れて村を回るか」 「そうですね」  という流れで他の村の農地も拡大して回り、作物不足を回避した。どこの村も農作業がタナルの村人だけでは手が足りなくなったため、リグの難民たちの手も借りて、だが。  タナル人とリグ人。異なる国の民がともに過ごすようになっていざこざが増えるのではないかと危惧していたが、みなが手を取り合って仲良く暮らしてくれた。そのことにクラークもサイードもほっと安堵した。  そんな平穏な日々が一ヶ月ほど続いた頃のことだ。サイードが難しい顔をして家に帰ってきて、出迎えたクラークは目を瞬かせた。 「サイード殿下。どうかされましたか?」 「ん? ああいや、リグ国民の間で温泉に入りたいなんて話が上がっているようでな。だが、我が領土に火山なんてないから作るのは無理だなあと」  クラークはもう一度、目を瞬かせた。 「できますよ?」 「え?」 「温泉です。温泉というのは火山以外にも湧き出るものですから」 「……そう、なのか?」  驚く顔をするサイードにクラークは説明した。温泉には、火山性温泉と非火山性温泉とがあり、必ずしも近くに火山がなければ湧かないものではないことを。  地下では深くなるごとに温度が上昇する。地熱で温められた地下水が自噴したり、穴を掘ったりすることで温泉として利用できるのだ。 「明日、地魔法を使って温泉を探り当てましょう。そこからは自分たちで掘るしかありませんが……」 「そのくらいはしてくれるだろう。……それにしても、我が国でも温泉が湧くかもしれないと分かっていたのに、やらなかったのか」 「沐浴で十分でしたし、――何より穴を掘るのが面倒臭かったからです」  きっぱりと言うと、今度はサイードが目を瞬かせ、 「……愚問だったな」  珍しく苦笑いするのだった。  翌日、クラークは地魔法を使って、温泉が湧く場所がないか探知して回った。サイードは仕事があって同行できないということで、護衛としてエラムがついてきてくれた。 「あっ、あった」  村から少し離れた場所に温泉として利用できそうな水脈を見つけ、印として緑魔法で草を生やしておく。一旦、村に戻って今度はリグ人たちを引き連れてその場に戻り、その日からリグ人たちとともに穴掘り作業が始まった。  本来ならば半信半疑に思うだろうが、リグ人たちもクラークの能力を見ている。温泉に入れるかもしれないとみなうきうきとして作業に臨み、和気あいあいと穴掘り作業をしていた。  無論、クラークもエラムとともに参加した。穴掘りなんて面倒臭いことこの上ないが、まさか場所だけ示して自分は参加しない、なんてわがままは言えない。 「いやあ、腰にきますねえ」 「そうですね……」  笑いながら言うエラムにクラークは、額に汗を流しながら必死に腕を動かした。怠け者の身にこの肉体労働はきつい。 「大丈夫ですか? クラーク様は作業しなくてもいいのでは」 「いえ、やります。みんなにだけやらせておいて、もし温泉が湧き出ませんでした、なんてことになったら、申し訳ないですもん。せめて同じ労力を払っておきたいです」  エラムはふわりと優しげに目尻を和ませた。 「そうですか。では、一緒に頑張りましょうか」 「はい」  適度に休憩を挟みつつ、穴を掘る作業を朝から夕暮れまでする生活を送ること、一ヶ月。とうとうその日はきた。 「すげえ! 本当に温泉が湧き出た!」  そんな驚きとともに嬉しげな声が響く。  みんなで掘った穴から、濁り湯の温泉が噴水のように噴き出したからだ。湯の温度は水で薄めずとも入浴できるくらいの適温で、リグ人たちは小躍りだった。 (ふう……よかった、本当に温泉が湧き出てくれた)  クラークは喜ぶというよりも安堵しつつ、はしゃぐリグ人たちを遠目に眺めていると、 「クラーク様! エラム様も!」  ふくよかな女性リグ人がクラークたちの下へやってきて、楽しげに笑いながらクラークの手を引いた。陽気に踊り始めたリグ人たちの輪の中に連れて行かれて、何故か彼女とダンスを踊ることになってしまった。  はしゃぐなんていうのはガラじゃないし、ダンスもろくに踊れない。それでも、と思う。 (なんか……楽しい、な)  一緒に作業を頑張って、喜びを分かち合う。  長らく――クラークとして生を受けてから、体験したことのない感覚だった。物心ついた時から無価値な聖帝として教団で孤独に暮らしていたから。レオの記憶があることもあって、クラーク自身にもその意欲がなかったのもあるが。  笑みがこぼれるのを自分でも感じる。クラークは気付いたら、エラムやリグ人たちと笑い合っていた。  そんなクラークを、様子を見にきたサイードが優しげに見つめていることに、クラークが気付くことはなかった。

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