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Mad About You 前編
遠距離恋愛1年目、もうすぐ2年目に突入する3月の終わり。オレは春休みを利用して修くんのアパートに遊びに来ている。いつもなら貰ってすぐに使ってしまうお年玉も今年は使わないで大切にとっておいて、今回新幹線のチケットを無事買うことができた。自分で言うのもなんだけど、愛の力ってスゴい。
修くんのアパートに来て2日目。今日は修くんが入っているバスケサークルの試合を見に来ている。「小さい大会だよ」と言っていたけれど、市民体育館は選手や試合を見に来たお客さんでいっぱいで、先に家を出た修くんを見つけるのにすごく時間がかかった。
修くんがバスケをしているところを見るのは初めて。‥あ、高1のとき部活見学で見てるんだけど、「元気な人」っていう以外全然覚えてなくて‥だからちゃんと見るのは初めてで、今日はすごく楽しみにしてたんだ。頑張ってってエールを送ったオレに見せてくれた修くんの表情は、今まで見たどの顔よりもたくましくて、
「絶対、勝ってみせるから」
自信満々にそう言う修くんを見て、オレは笑顔で頷いた。
修くんは緊張しいだ。本番にめっぽう弱い。この前家でゴミ箱シュートした時も、オレが見てたら全然入らなくて、「さっきは入った!」って必死になってる姿を見て大笑いしてしまった。
だから今日も、もしかしたらいっぱいミスしちゃうかもしれない、チームの人たちに怒られちゃうかもしれない。そしたら「大丈夫だよ」ってなぐさめてあげよう。「頑張ってたよ」って励ましてあげよう。‥そんな風に思っていたんだけど。
オレの心配とは裏腹に、修くんのチームは快勝。優勝こそ逃したものの、好成績で大会を終えた。バスケ素人のオレから見ても、みんなの凄さは分かる。ドリブルで何人もの人を抜いたり、めちゃめちゃ遠いところからシュートを決めたり。オレが思っていた何倍も何十倍も凄かった。‥もちろん修くんも。
閉会式のあと、試合を見に来た友達が次から次にやってきて修くんやチームの人たちに話しかけている。その輪に入れないのがなかなか悔しいけれど、楽しそうな修くんを見て、何だか嬉しくなった。
「ごめんナナ、ちょっと時間かかりそうだから先にアパート戻ってて。終わったらすぐ帰るから!」
「うん、分かった」
このあとミーティングがあるからと申し訳なさそうに告げると、修くんはオレの頭をガシガシと掻き混ぜてチームメイトの元へ戻っていく。オレは朝預かったままのアパートの鍵を持って再び修くんのアパートに戻った。
*
誰もいない部屋に入って、大きく息を吐く。
‥どうしよう、何か変だ。
試合を見てからずっと、オレはドキドキが止まらないでいた。部屋にはオレしかいないから隠すことはないんだけど、思い出しては赤面しているのがどうにも恥ずかしくて‥速すぎる鼓動を隠すように、オレはテレビのスイッチを入れて音量を上げた。
好きなことに一生懸命打ち込む人は大好きだ。表情はキラキラと輝いていて、見ているオレも何だか元気をもらえる気がする。今日の修くんもまさにそんな感じで、それで‥
コートの中の修くんはすごく真剣で、だけどすごく楽しそうだった。初めて見る表情。‥あんなの見せられたら、惚れ直しちゃうに決まってるじゃんか。
日曜の昼下がり。これといって面白い番組がやっている訳でもなく、淡々と進んでいくゴルフ中継を流し見していると、玄関ドアがガチャリと開いて修くんが帰ってきた。
「あっ‥お、お帰りなさい!」
「ただいま。ごめん、遅くなった」
やっと平常心に戻っていたのに、顔を見たらまた心臓がうるさくなって、オレは修くんの言葉にブンブンと首を振るので精一杯だった。
脱ぎっぱなしの靴や放ったらかしのバッグを見ると、いつもオレに「ちゃんと片付けて」って小言をいうくらい几帳面な修くんだけど、今日はドアを締めるなり持っていたバッグとウインドブレーカーを乱暴に放り投げるもんだから、何だか少しびっくりして固まってしまって‥何か声をかけなきゃって思ったときにはもうオレのすぐ目の前に修くんがいて、次の瞬間には力いっぱい抱きしめられていた。‥何となく、切羽詰まったような顔をしていた気がする。
しばらく動かないでいる修くんが心配になって、オレは恐る恐る声をかけた。
「‥疲れた?」
「ううん、大丈夫。ただ‥」
「うん?」
「早くこうしたかった」
汗と、ヘアワックスのほんのり青りんごの香りが鼻を擽る。オレの好きな、修くんの匂い。
抱きしめられる腕に力が加わると、思い出したように、また心臓が暴れだした。
「ごめん、汗臭いよな」
無意識に首元に鼻を押し付けてしまっていたみたい。それに気づいた修くんはオレを剥がそうと必死だけど、オレも剥がされないように必死で修くんにしがみつく。
「どうしたの?」
「なんか‥顔見れない」
「‥なんで?」
「なんか‥なんかね、今日の修くんいつもと全然違くて‥」
「違くて、カッコよかった?」
「‥‥うん、カッコよかった‥」
少しあけてそう返事をしたら、何故か修くんは項垂れて長いため息をついた。気に障ることを言ったかな、と少し不安になっていると
「行こ」
「‥どこに?」
「シャワー。‥一緒に入ろ?」
腕を引かれて慌てて顔を上げると、修くんは恥ずかしそうに笑っていた。
「昨日はすっげー我慢したんだから」
服を脱ぎながら修くんにそう言われて、昨夜『試合前だからエッチはなし!』って言ったら口を尖らせてあからさまに拗ねていたことを思い出して、思わず吹き出してしまった。
‥まぁ、オレも相当我慢したんだけど。
いくらトイレが別とは言え、ワンルームの浴室はとても狭い。シャワーを使えばあっという間に蒸気で満たされ、ただでさえ息苦しいのに何度も何度もキスされて意識が飛びそうになる。‥やばい、脳みそ溶けそう‥。
このままどんどん修くんに溺れて、どんどんダメになっちゃいそうで‥オレは時々、ちょっとだけ心配になるんだ。
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