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強制ハロウィン
「さぁて、色ぃ。そろそろ覚悟決めようかぁ。」
ニヤニヤと迫り来る晃に半歩後ろに下がるもすぐに壁にぶち当たる。狭い数学準備室に逃げ場なんてあるはずもなかった。
それでも逃げ道はないかと視線を巡らせるが、木崎はいつものように我関せずと昼食のカップラーメンを啜っている。ならばともう一人に視線を送るが……
「美鳥君、確保して!」
「っ、櫻井君、ごめんなさい!」
晃の側についた美鳥は素早く俺の背後に回り込み、羽交い締めにしてきた。
「っ、くそ、離せ!」
「っ、ご、ごめんなさい!」
華奢な見た目に反してがっちりホールドされた美鳥の腕はビクともしない。
「往生際が悪い。これもスケート部の為でしょ?」
「だからってなんで俺まで、」
「僕も後でちゃんと脱ぐし。ね?」
「しるか!」
ジリジリと間合いをを詰められ、もはやふふっ、と不敵に笑う吐息すら感じられる距離だ。
おかしいとは思ったんだ。
自分から皆でお昼食べようとか言っておきながら、用事があるから先にいっておいてなどと笑顔で言われて……その時点で気づくべきだった。
「さ、脱ごっか♡」
「っ、ざけんな!まずそのスマホ仕舞え!」
「えー、こんな楽しそうなこと滅多にないし記念撮影…」
「すんな!」
叫びも抵抗も無視して晃の手が俺のネクタイに伸ばされ、シュルりと解かれる。
「さて、隅から隅まで見せてもらおうかぁ。」
「やめ、ちょ、変なとこ触んな!美鳥、離せ!」
「ううっ、ごめんなさい!」
「あんまり抵抗するなら……縛っちゃうよ?」
「っ、ざけんな!あ、てめ、っ、人のネクタイ使うんじゃねぇ!!」
「……ほどほどにしとけよー。」
木崎の言葉も虚しく、俺はニヤリと笑みを深くした晃に上半身を剥かれ、昼間の数学準備室で半裸にさせられたのだった。
「今の首周りで最後かな?」
先程測ったばかりの数字を読み上げ、晃は手にしていたメジャーをシュルッと巻きとった。
いつの間にやら記録係として使われていた木崎がへいへいとボヤきながらノートに数字を書き込んでいる。
「美鳥君。もう離してやっていいよ。」
「あ、うん……ご、ごめんね。」
美鳥の手から力が抜け、俺はようやく解放された。
こいつ、本気でビクともしなかったんだが。……華奢な身体をしていても確か体脂肪率は一桁とか前に言っていた気がする。
美鳥を怒らせることだけは今後とも絶対やめておこう、とは心の中だけで呟きながら、俺は盛大なため息とともに脱力し手近な椅子に沈みこんだ。
「……で、なんで三笠先輩が俺達のサイズまで必要だって言ってんだよ。」
数十分前の事だ。数学準備室に遅れてやってきた晃の手には手芸部部長の三笠先輩が愛用する見覚えのありすぎるメジャーがあって。いきなり先輩が必要としているからと俺はサイズを測るために襲いかかられたわけだが、その理由がいまいち理解出来ていなかった。
「ハロウィンがなんだって?」
「だから、生徒会主催でハロウィンに仮装パーティーやるわけよ。メインイベントは部活対抗仮装コンテスト。優勝チームは賞金という名の部費増額。」
「……で、なんで採寸なんだよ?」
脱がされたシャツを羽織りながら解せないと睨みつければ、晃は簡単な事だよとウインクを一つ。
「僕達は衣装が必要でしよ?で、うちには生徒会長の僕と校内どころか全国的に名前を知られてる有名人がいるわけですよ。優勝候補筆頭じゃん?」
「……手ぇ組んだわけか。」
ニヤリと口元を歪めた凶悪な笑みが何よりの答えだった。
つまりあれだ。諸悪の根源は目の前でカフェオレのカップを傾けているこいつってことだ。
「そもそも三笠先輩にはお世話になったっしょ?手芸部は女子部員ばかりだから常に男子モデルを募集してるみたいだし、これもスケート部として恩返しの一環ですよ。」
「こんな事で恩返しになるなら喜んで参加するよ。」
最もらしいことを言って完全に美鳥を抱き込んでいるが、部費を増額したいがために知名度も衣装の質も校内一を確保した出来レースを仕組んだわけだ。
「……詐欺だろ、これ。」
俺の冷ややかな視線は完全に無視された。
「そんなわけなので、スケート部全員参加でよろしく〜。」
まぁ、毎度の事ながら晃の提案を断るという選択肢はないわけだ。
三笠先輩には確かに借りがあるわけだし、何より美鳥が完全にやる気なのだから……その、あれだ、仮装を見てみたいとか思ったり思わなかったり。
「わかったよ、協力すりゃいいんだろ。」
反抗の意思はないと両手をあげれば、晃はにんまり口の両端を釣り上げる。
「そうそう。これも部活動のうちなんだから、スケート部全員参加だからね。」
念押しされ、へいへいと適当に相槌をうちながら……俺はふと気づいてネクタイを締める手を止めた。
「全員って……どこまで入るんだ?」
先程からどうにも晃の言い回しが気になってはいたのだが、俺の問に晃は意味深な笑みを浮かべる。
「さっきから言ってるっしょ?スケート部全員だよ。」
「ぶっ、ごほっ、ごほっ、」
あー、やっぱり。
今の今まで無関係を装っていた木崎がカップ麺を喉に詰まらせて思いっきりむせ返った。
あわてて美鳥がコップに水を注いで渡し、背中をさすってやる中で晃は何を今更と余裕の表情でカフェオレのカップを傾け続けている。
「木崎ちゃん割と生徒からの人気高いし。今回はしっかり部活動対抗で顧問参加OKにしといたから。」
「おま、ごほっ、ふざけ…」
「生徒会の活動報告書。」
「ぐ、」
晃の一言に木崎はピタリと口を噤む。
こいつ、どんだけ晃に弱み握られてんだよ。
「心配しなくても色みたいに剥いたりしないから。手芸部じゃなくて僕が用意しとくからね。」
それは逆に怖い。なんてツッコミを入れる勇気は俺にも木崎にもなく。
楽しみだよねとはしゃぐ美鳥と晃を目の前に俺達は顔を見合せ深いため息をつくしかなかったのだった。
そうしてハロウィン当日。
三笠先輩手製の見事な衣装もさることながら、晃の手によって髪を整えられスーツをきっちりと着こなし、更には伊達眼鏡までかけた『教師』のコスプレを披露した木崎の意外な人気によってスケート部は当初の予定通り部費の増額を勝ち取った。
――のだが、その内容に納得いかないと火のついた三笠先輩によって文化祭のファッションショーに駆り出される事になったのは……ここでは詳しく語る気力もない別の話だ。
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