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猫ネコねこ
いつものようにシャワーを浴びて、適当に髪を乾かして。いつものように自分の部屋のドアを開ければ……
「お、おじゃましてます……にゃ。」
俺の心臓はビクリと大きく跳ねて、止まった。
「ひ、」
目の前に広がる衝撃的すぎる光景に、俺の背中は咄嗟に仰け反り壁に張り付いた。
いやいやいや、おかしいだろ。何だこれは。
ベッドの上でご丁寧にも正座して俺を待っていたのであろう美鳥に、俺は夢じゃないのかと張り付いていた壁にガンッと後頭部をぶつけてみる。痛い。
「櫻井君?」
美鳥が首を傾げれば、首元に付けられた黒いチョーカーについた鈴がチリンと音を立てた。
白いロング丈のセーターから覗く白い生足。後ろから伸びた白いしっぽが美鳥の背後でくるんと丸まっている。
そうして亜麻色の髪から生えるのは白い……猫耳。
「な、なななにしてんだっ、」
「え?あ、猫のつもりだったんだけど……みえない、か、にゃ?」
手を軽く握り猫のように顔を撫ぜてみせられれば、俺の喉は知らずゴクリと音を立てた。
「いや、そうじゃなくて。……なんで、そんな格好してんだよ。」
恐る恐る尋ねてみれば、美鳥はなぜか居住まいを正し、じ、と俺を見つめる。
生足が……見えそうで、見えない……
「猫がいいって、……その、今日音楽室で晃君と話してるの聞いちゃって。」
盗み聞きしてごめんなさいっ、と美鳥が頭を下げれば、チリンと首元の鈴がまた音を立てた。
『だからさぁ、色としては美鳥君がネコの方がいいわけでしょ?』
『……いや、それはまぁ、もちろんその方がいいけど。』
『じゃあちゃんとそれを伝えればいいじゃん。美鳥君も嫌だとは言わないと思うけど。』
『そうやって役割押し付けたくねぇんだよ。……でも、あいつは自分の本心言わねぇだろうからな。』
目眩がした。
……嘘だろ?何だこの純粋培養ど天然。
あの会話で、この結論に至ったってのか!?
「あの、それでね。晃君に相談したらこれ貸してくれて。」
ああ、夕食後ご相談がって美鳥が声をかけて晃の部屋に二人で消えてったのはそういう事か。
笑いを必死でこらえながら真面目なフリしてとんでもないアドバイスをしただろう晃の姿が容易に想像出来る。っていうか、あいつ今頃爆笑してベッドの上を転げ回ってるだろ。
「あの、櫻井君のお母様がアレルギーで猫飼えなかったって。寮もペット禁止だし、だから、その、僕でよければ、ね、ね猫になるので……」
頼むから上目遣いでこっちを見るな。
セーターの首元から覗く鎖骨が……ヤバい。
「……僕の事、…か、飼ってください…にゃ。」
俺はその場に崩れ落ちた。
どうしろと。どうしろって言うんだこの状況。
膝をつき、行き場のない感情を床に叩きつける。色んな意味で悶え苦しむ俺を見て、さっぱり現状のわかっていない美鳥は困惑し、ベッドをおりておそるおそる俺に近寄ってきた。
「あの、だ、ダメだった?猫に見えなかった?」
「いや、そうじゃない。……そうじゃなくて、」
「あ、白猫ダメ?……嫌い?」
ダンっと拳を床に叩きつければ美鳥の身体がビクリと跳ねる。チリンとチョーカーの鈴が音を立てた。
白いロング丈のセーターから覗く鎖骨に白い生足。後ろから伸びた白いしっぽ。
そして亜麻色の髪から生える、白いふわふわの猫耳。
床にヘタリ込み、上目遣いで俺の顔を覗き込むその顔が、疑問と不安で傾けられる。
「………………嫌いじゃ、ない。」
切れそうになる理性と戦い、身体を震わせる。睨みつけるように言葉を絞り出せば、自分がどれだけ危機的状況に置かれているかもわかっていない、ど天然の白猫がほっと胸をなでおろした。
「よかった……にゃ。」
その亜麻色の瞳が嬉しそうに細められれば、俺の中でプツリと何かが切れる音がした。
「くそっ、……お前が、お前が悪いんだからな!」
「へ、っあ、」
腕を引き、その身体を床に押し倒す。
「え、な、んでっ、」
「お前がネコになるって言ったんだろーが!」
意味がわからないと首を傾げては首元の鈴を鳴らす美鳥に、俺は言葉の意味をその身に叩き込んで……
やるつもりだったのだけど。
木崎が点呼を取りにきて、さらなる大混乱に陥るのは、わずか一分後の話だった。
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