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恐怖のクリスマス
「ただい……うおっ!?」
バイトを終え帰ってきた緋葉がリビングに入ってくるなり驚きに声を上げる。
作業でしゃがんでいたから僕がいることに気づかなかったんだろう。
というか、リビングに広げられていたこれに驚いたのか。
「え、なに。なんでクリスマスツリー?」
「12月だから。」
僕はおかえり、と緋葉に声をかけつつも視線は手元に落としたままパーツを組み立てていく。
毎年組み立てているはずなのにどうにも記憶になくて、さっきからボロボロになっている説明書とにらめっこ中なのだ。
早くしないと買い物に出かけている父さんが帰ってきてしまう。
四苦八苦していると、緋葉が僕の隣にしゃがみこみ、貸してみ、と手を出してきた。
「こういうのは上からじゃなくて下から作ってくんだよ。土台……あー、これだろ。」
リビングにバラバラに置かれたもみの木のパーツを一瞥した緋葉は、説明書をほとんど見ることなくツリーを組み立て始める。
倒れないよう支えたり、指示されたパーツを手渡したりと手伝っていたら、あっという間にリビングに大きなもみの木が完成した。
緋葉は腕を組み、上から下まで完成品を眺めてから、うんうんと満足そうに頷いた。
そうしてはっと我に返る。
「いや、ちげぇよ。なんで家のリビングにこんなデカイやつ置いてんの。」
「だって、101号室は……最近リビングも本でいっぱいになってきてて。」
「また親子して買い込んできたのかよ。って、いや、そうじゃなくて。ガキがいるわけでもねぇのになんでこんなデカイもんがあんの?」
緋葉の言葉にようやく気づいた。
そうか、毎年恒例になっていたから深く考えもしなかったけど、成人しかいない家にこれを置くのは確かにちょっと……いや、結構おかしなことなのかも。
そう思ったら急に恥ずかしくなってきた。
首を傾げる緋葉に耐えきれず視線を泳がせる。
「いや、その……毎年、父さんが嬉しそうにしてるから。昔、僕の為にこのツリー買ってきてくれた時に、僕凄く喜んで。てっぺんの星を僕がつけたいって我儘まで言っちゃって。」
「あー。」
みなまで言わずとも緋葉は察してくれたらしい。
幼い僕の喜びように父さんはそれはもう喜んでくれて。それから毎年奏川家では親子でクリスマスツリーを飾り付けるのが恒例になっている。
父さんの実家を出ても、僕が成人しても、だ。
僕が楽しそうにしているのを楽しみにしている父さんの為に、このイベントは欠かしてはいけない。それはもう、何があろうと絶対だ。
「やめ所わかんなくなったわけね。」
「……買い物から父さんが帰ってきたら、一緒に飾りつけしようって約束してるんだ。」
ふはっ、と吹き出した緋葉は見なかったことにした。
オーナメントを残して綺麗に片付けてから、僕はキッチンに向かう。夕飯にはまだ時間があるから、紅茶の一杯でも。
緋葉に声をかけて、紅茶と冷蔵庫にしまっていた秘蔵のチョコレートを二人分。
手伝ってもらったわけだし、緋葉と一緒にダイニングテーブルで一息つくことにした。
オーナメントの全くないまっさらなもみの木をぼんやりと眺めながら、二人してチョコレートを摘む。
「ヒヨは、クリスマスの思い出って何かないの?」
父さんが帰ってくるまでおそらく後わずか。何となくふった話題に、けれど緋葉はビクリと肩を跳ねさせその場に固まった。
手にしていたカップがカタカタと震えているように見えるのは気のせいだろうか。
「……それ、聞いちゃう?」
「え、何で?」
クリスマスの思い出。特に変な話題ではないはずだけど。
けれど緋葉は、手にしていたカップを置き眉間に皺を寄せる。
「クリスマスはな、怖ぇ日なんだよ。」
「はい?」
何故?クリスマスというイベントに怖い要素なんてあっただろうか?
わけがわからず首を傾げていると、向かいに座る緋葉がずいっと身を乗り出してくる。
「……そう、あれは多家良家に引き取られて初めてのクリスマスのことだった。」
いきなり何か始まった。
低いトーンで怪談話のように語られ始めた思い出とやらは……大人しく聞いていた方がいいんだろうな。
「当時小学一年生だった俺は、学校の授業でサンタさんに手紙を書きましょうってのをやったんだ。積雪の家じゃ世の優しいサンタから寄付されたものから選んでたのに。欲しいものを書けって先生が言うからさ……俺、書いたわけよ。ラジコンカーが欲しいって。」
「う、うん。」
え、これほのぼのした話じゃないの?
なぜこんなにもおどろおどろしい空気なんだろうか。
「もしかしたら今年はプレゼントもらえたりするのか?ってクリスマス前日はちょっと期待なんかして眠りについてさ。……その、翌朝のことだった。」
ゴクリ、思わず息を飲む。
「……起きたら箱に囲まれてたんだ。」
「は?」
「布団の周りに、大量に山積みされたラジコンカーの箱があって寝返りも打てねぇ状況になってた。」
「そ、れは……」
脳裏に、緋葉と同じく蜂蜜色の金糸に、蒼い瞳の、ちょっと一般常識に欠けた寡黙なサンタの顔が浮かんだ。
「サンタな、おもちゃとか全く詳しくなくて、どれを買っていいのかわかんなかったらしくてな。とりあえずおもちゃ屋にあるラジコンカーと名のつくやつ全部買ってきて夜中に運び込んだらしい。」
怖い。
これは確かに怖い。
こんなことされたら僕だってトラウマものだ。
「なんというか……大変だったね。」
「ところが、話はこれで終わらねぇんだよ。……二年目のクリスマスがやってくるわけだ。」
あのサンタ、今度は何をしでかしたって言うんだ!?
「小学二年生の冬、俺はまた授業でサンタに手紙を書かされたんだ。……でも、俺は学習した。欲しいTVゲーム機の名前をハッキリ書いて、その上で数は一つでいいとまで付け足した。」
「そ、それでどうなったの?」
前のめにり続きを促した僕に、緋葉は目を伏せ首を横に振る。
「クリスマスの朝……俺はやっぱりプレゼントの箱に囲まれて身動きが取れなかった。」
「なんで!?」
「サンタも学習しやがったんだよ。ゲーム機で遊ぶためにはテレビとゲームソフトが必要だって調べたらしい。」
朝起きたら、枕元にはテレビの入った巨大な箱。横を向けばゲーム機、足元にはゲームソフト。
怖い、怖い、怖い。
想像するだけでも背筋が凍る!
「……そうして三年目の冬だ。」
「ひ、」
まだ、まだあると!?
緋葉の言葉は止まらないどころか勢いをましていく。
「もう俺は直接言った。サンタの正体はわかってる、もうガキじゃねぇんだからプレゼントは何もいらない!そうサンタに啖呵切った。」
「そ、それで……?」
怖い。聞きたくない。でも気になる。
緋葉は手元に置かれたままになっていた紅茶カップを手にして、中身を一気に飲み干した。
ゴクリと、僕の喉も鳴る。
「三年目のクリスマスの朝。目を覚ました時そこには大量のプレゼントはなかった。」
「あ、ようやく、」
「……あったのは一通の真っ白い封筒だった。」
緋葉の声のトーンが一段下がる。
なにがあったというのか。
喉がカラカラに乾いて、今度は僕が紅茶を飲み干した。
「俺は恐る恐る封筒を開けた。中のメッセージカードにはたった一言。『これで好きなものを買いなさい。』」
ゴクリ。
「そうして俺は封筒の中に見つけたんだ。…………サンタ名義の、真っ黒なクレジットカードを。」
「ひいぃっ、」
怖い、怖い怖い怖い、怖すぎる!
小学生の枕元にブラックカード置くとか何考えてるんだあの人は!?
「ちなみに、四年目の株券と、五年目の土地の権利書の話、するか?」
「ひぃぃっ、もういい!もういい!」
思わず身震いした僕に、緋葉が苦笑する。
落とされた沈黙。
先程組み立ててリビングで存在を主張しているクリスマスツリーが、恐怖の象徴みたいに思えてきた。
「親子っていってもめったに顔合わせなかったから、父親らしいことしたかったのかもしれねぇって……まぁ、今なら思えるんだけどな。」
「いやいや、それにしたって、ない。」
「だろ!ありえねぇだろ!だからクリスマスは俺にとっては恐怖の日なわけよ。」
なんかもう、なんと言っていいやら。
これはさすがに緋葉に同情する。
「……大変だったね。」
思わず素直にそう伝えれば、緋葉の口から、はは、と乾いた笑いが漏れた。
なぜだかその瞳が同情的な視線を寄越してくる。
「……他人ごとに出来ればいいけどな。」
「え?」
それってどういうこと?と口を開くより先に、玄関でガチャリと鍵の開く音がした。
「ただいまー。」
「……ただいま。」
すぐにドアが開かれ買い物袋を持った父さんがリビングに入ってきた。その後ろには緋丹さんの姿も。二人はそれぞれ買い物袋を手に下げている。帰りは別々だと聞いていたけど、おそらく近くで鉢合わせて一緒に帰ってきたのだろう。
二人はリビングに入るなりクリスマスツリーに目を止める。
「わぁ、準備してくれてたんだね。」
「……ほう、凄いな。」
買い物袋を置いた父さんと緋丹さんの足は自然とツリーの元へ。
僕は二人分の紅茶を追加で入れようと席を立った。キッチンでお湯を沸かしながらも、背後から楽しそうな声が聞こえてくる。
「……そうか、もうすぐクリスマスなんだな。」
「そうですよ。今年は四人でクリスマスパーティーしましょうね!」
カップに紅茶を注ぎながら、思わずふ、と笑ってしまった。
入れた紅茶をダイニングテーブルへ。けれど、何となく声をかけずにクリスマスツリーを前に楽しそうな二人をぼんやりと見つめる。
「なんだかんだ、父さん達の方が楽しんでるね。」
二人に聞こえないように呟けば、向かいに座る緋葉ははは、と笑いながらも口の端を引き攣らせた。
「そりゃ俺も久々に翡翠とクリスマス過ごせるわけだし、楽しみではあるんだけど……な。」
蒼穹の瞳がチラリと父さん達へ。
つられて視線を向ければ、こちらを振り返った緋丹さんと目が合った。
緋葉と同じ蒼穹を映したような青い瞳が僕を見つめ、はっと見開かれた。
「そうだ。……翡翠君は、クリスマスに何か欲しいものはないのか?」
「ひ、」
ゾゾゾッ
いつもより僅かに穏やかに感じられたその言葉に、僕の背筋は震え上がった。
「い、いえ、あの…」
ガタリッ、思わず席を立ち半歩下がる。
「温人も君に毎年プレゼントを渡しているそうだし、私も…」
「いえっ!いえいえ、だ、大丈夫ですから!」
遠慮するなと言うその気持ちが怖い。
それは素敵ですねと、父さんの後押しが、僕を崖っぷちへと追い込んでいく。
……下手なことを言えば、どうなるのか。
こちらに向けられる緋葉のどこか生気のない同情の視線が全てを物語っていた。
「せっかくのクリスマスだ。遠慮せず…」
「いえっ、いいえ!!」
欲しいものを言っても駄目。何もいらないと言っても駄目。
何を、
何を言えば、
「翡翠君?」
「……んなの、そんなのわかるかぁぁぁ!」
絶叫虚しく、僕は答えを出せないまま、クリスマス当日まで思案に耽る緋丹さんを目にしては恐怖に怯え、眠れない夜を過ごすこととなってしまった。
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