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第1話 悪役側婿に転生した件

「リアム・アーノルド。後宮の秩序を乱した罪で、後宮追放処分を言い渡す」  国王陛下が厳しい声でそうおっしゃった瞬間――俺の頭には、雷に打たれたような衝撃が走った。  頭によみがえったのは……前世の記憶。前世の俺は……そう、笹川望。二十歳の大学生だった。大学からの帰り道、車に轢かれそうになっている犬を助けようとしたところで、記憶が途切れているけど……どうやらそのまま死んで、転生したらしい。  ――なんと、前世の俺が読んだことのあるBL小説の世界に。  というのも、『リアム・アーノルド』とは、わがままで傲慢な公爵令息であり、国王陛下が好きすぎるあまりに、ヒロイン側婿や他のモブ側婿に嫌がらせをする悪役側婿なんだ。今、俺の身に降りかかっているのは、いわゆる断罪イベントというやつだった。  つまり、前世の記憶を取り戻した時には、断罪されている状況、というわけ。 「お前は俺の臣下に降婿させる。荷造りをしておけ」  国王陛下は冷ややかな目を俺に向けてから、俺が住まう黄薔薇宮を立ち去って行った。一方の俺は、その場に黙って立ち尽くす他なかった。  俺、死んだんだ、という思いと。本当にBL小説の世界に転生したんだ、という思いと。色々な思いがないまぜになって、少々混乱したけど、それも数分のこと。気持ちを切り替えて、命じられた通りに荷造りを開始した。  まさか、悪役側婿『リアム・アーノルド』に転生するとはなぁ。それも、断罪イベントを回避する暇もなく。  けどまぁ、それは別にいい。むしろ、断罪された方が俺にとっては都合がいい。  確か、BL小説では『リアム・アーノルド』は国王陛下の側近騎士に降婿されるも、冷遇され続け、果てには相手が行方をくらましたというオチがある。ノンケの俺にとってはその方がラッキーだ。だって、冷遇されるってことは、抱かれることもないってことだろ?  今世の俺はオメガだから男に娶られるのは仕方ないにしても……国王陛下の側婿であり続けて抱かれるよりは、よっぽどマシな人生だよ。  冷遇婿ライフ、どんとこい、だ。  内心意気揚々として過ごすこと、一週間後。荷造りを終えた俺の下へ、国王陛下の側近騎士が迎えに現れた。俺が降婿する相手だ。  艶やかな銀色の髪に理知的な空色の瞳。氷のような冷たい美貌を持ち、一匹狼な性格から『氷狼の騎士』と呼ばれているローレンス・ギルモアという青年だ。十八歳の俺より六つ年上で、確かアルファじゃなかったかな。  ちなみに『リアム・アーノルド』の外見は、というと。眩い金髪に新緑を切り取ったような緑色の瞳を持った、それなりに美男子だったりする。まぁ、どうでもいいけど。  ローレンスは無表情顔で淡々と言った。 「あなたを迎えにきた。自宅まで案内する。ついてこい」 「はい。よろしくお願いします」  俺はもう国王陛下の側婿ではなく、ローレンスの夫。敬語を使われる立場じゃない。だから特に何も物申さなかったんだけど、ローレンスはほんの少し意外そうな顔をした。 「あの、何か?」 「……いや、なんでもない。行くぞ」  すたすたと早足で歩くローレンスの後をついていき、俺は黄薔薇宮を後にした。後宮を出て王都の街に下り、案内された先は、白と青の涼しげな外壁のタウンハウスだ。今の季節は夏なので暑苦しくなくていい。  タウンハウスの中に入ると、三人の使用人たちが出迎えてくれた。多くの宮女にかしづかれる黄薔薇宮での優雅な生活に比べたら慎ましやかだけど、前世の記憶を取り戻した俺にとっては衣食住を提供してもらえるだけで十分ありがたい。 「ここが、あなたの部屋だ」  案内された部屋は二階だった。窓から吹き抜ける夏風が揺らすのは、緑色のカーテン。寝台や文机など、最低限の調度品は揃っており、過ごすのに不自由はしなさそうだ。 「素敵なお部屋ですね。ありがとうございます」  にこりと笑って言うと、ローレンスは今度は面食らったような顔をした。いや、だからなんなんだよ。 「あの、何か?」 「……いや、陛下から伺っていた人物像と大分違うな、と」  国王陛下から聞いていた『リアム・アーノルド』の人物像?  そう言われて俺ははっとした。そうだった、『リアム・アーノルド』ってわがままで傲慢なキャラだったんじゃん! すっかり忘れてた。  俺は慌てふためいた。 「あ、いえ、その! 私も己の性格を省みて反省いたしまして……!」 「そう、か。いいことだと思う。――だが」  ローレンスは俺の目を真っ直ぐ見つめ、淡々と言い放った。 「俺が望んだ結婚ではない。子を持つつもりも俺にはない」 「え……」 「夕食までここでゆっくりしているといい。では、また」  さっさと二階から下りて行くローレンス。その背中を見送った俺は、頬が緩むのを抑えられなかった。  今のってつまり、俺を愛するつもりはない、子作りするつもりもない、ってことだよな? 冷遇宣言してきたんだよな?  俺は心の中でガッツポーズをとった。――よっしゃああああ! これで冷遇婿ライフ確定、俺は晴れて自由気ままなスローライフを送ることができるってわけだ。  ありがとう、神様!

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