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第2話 冷遇婿ライフ1
そうして、幕を開けた冷遇婿ライフ。
喜ばしいこととはいえ、周囲からの風当たりが強い冷遇生活になるものだと覚悟していたんだけど……現実はそうでもなかった。
ローレンスも使用人たちも、話しかけたら普通に応じてくれる。無視するだとか、意地悪するだとか、冷たい仕打ちは特にしてこない。
かといって、積極的に俺に話しかけてくることもないんだけど、ローレンスにとっては望まぬ結婚ということだし、使用人たちもあくまで働きにきているだけなんだから、まぁこんなものだよな、っていうレベル。前世の記憶を取り戻して、人格が変わった俺が相手だからっていうのもあるかもしれない。
ともかく、そんな生温い冷遇婿ライフが始まって早一ヶ月が過ぎた。
「オリビアさん、見て下さい。今日は大収穫ですよ」
木で編んだ籠いっぱいに乗った野菜たち。シャキシャキとしたレタス、真っ赤なトマト、瑞々しいきゅうり。ローレンスの許可を得て、細々と楽しんでいる家庭菜園から収穫した野菜たちだ。
オリビアという名の恰幅のいい三十路の女性は、「あら、まぁ」と目を丸くしていた。
「そんなに収穫できたんですか。どれもおいしそうですね」
「ええ。せっかくですから、この野菜を使ってサンドイッチを作ろうかなと思いまして」
「サンドイッチがお食べになりたいのなら、私がお作りしますが……」
「いえ、たまには自分で作りたいんです。台所を借りますね」
台所に立って、俺はぱぱっとサンドイッチを作る。三角形のサンドイッチを二十個ほど作っても、収穫した野菜たちは余ってしまった。ありゃ、どうしよう。
「オリビアさん。よければ、余った野菜を朝食に使ってくれませんか?」
俺たちの朝食を用意してくれているオリビアさんは、「いいですとも」と朗らかに笑った。
「では、サラダにしましょうか。きっと、瑞々しいサラダになりますよ」
「よろしくお願いします」
手早くサラダを作るオリビアさんの隣で、俺はサンドイッチを木の籠に敷き詰める。これをどうするのかっていうと、今日は湖水公園で涼みながらランチしようと思って。毎日、家の中ばかりにいても、つまらないし、健康にも悪いからな。
と、そこへ。
「おはよう。……何をしているんだ、あなたは」
使用人に混じって台所に立つ俺を、怪訝な目で見るのは、ローレンスだ。
「あ、おはようございます。今日は家庭菜園の野菜が大収穫だったので、サンドイッチを作っていたところでして」
「サンドイッチ? 元は公爵令息のあなたが料理なんてするのか」
「え、あ……えっと、家庭菜園が趣味だったとお話したでしょう? ですから、収穫した野菜を調理するのも含めて好きなんですよ。あはは」
笑って誤魔化す俺。家庭菜園が趣味な上に、収穫した野菜を自分で調理する公爵令息なんているわけがないだろう、と自分でも突っ込みを入れながら。
「そう、なのか。それでそのサンドイッチは昼食か?」
「はい。今日は湖水公園のベンチでいただこうと思いまして。あ、ローレンス様もお弁当にいかがです。ちょっと、作りすぎてしまって」
「……用意してもらえるのなら、ありがたくいただくが」
「では、ローレンス様の分もご用意します。どうぞ、先に朝食を召し上がっていて下さい」
ちょうど、朝食が出来上がったところなので、ローレンスは席に着いた。スクランブルエッグ、ソーセージ、肉団子スープ、といつものメニューに、サラダがあることに気付いたローレンスは、珍しく俺に話を振ってきた。
「リアム。もしや、このサラダも家庭菜園から収穫したものなのか?」
「そうですよ。採れたてなので新鮮ですから、是非召し上がって下さい」
ローレンスの分の弁当も用意しながら返すと、早速ローレンスはサラダを口にした。シャキシャキという音がこちらにまで届き、ローレンスは僅かに目を見開く。
「……うまい。家庭菜園からこんなにうまい野菜が採れるのか」
「お口に合ったようで何よりです。新鮮な野菜はなんでもおいしいものですよ。それよりもどうぞ、お弁当です。今日もお勤めを頑張ってきて下さいませ」
「ああ。ありがとう」
朝食を済ませたローレンスは、俺が用意した弁当を持って家を出て行った。俺もオリビアさんも玄関先まで見送ったけど、「では、行ってくる」の一言だけ。まぁ、別にいいけど、本当に口数の少ない人だ。
「オリビアさん。ローレンス様って、昔からあんな感じなんですか?」
ローレンスが子供の頃から仕えているというオリビアさんにそう聞くと、オリビアさんは少々苦笑いで「ええ、まぁ」と答えた。
「人柄は決して悪い方ではないんですけど、無愛想で淡々とした方でして。どう接したらいいのか、今でも迷いますね。もう少し笑われたらいいのに、と思うこともあります。……って、あらやだ、私ったら」
オリビアさんは慌てて手で口元を押さえた。
「どうか、旦那様には内密に。すみません、リアム様は気さくで話しやすいものですから、つい口が滑ってしまって」
「あはは、構いませんよ。私の方こそ、仲良くしてもらえて嬉しいです」
「ふふ、リアム様は本当に親しみやすい方ですね。最上位貴族の公爵家の令息が旦那様の婿になると聞いて、初めはどんな方なのかとドキドキしたものですが……リアム様のようなお優しい方で安心しました」
「みなさんには少しでも楽しく働いてもらいたいですから。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
笑い合いながら、俺たちは食堂へ戻った。
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