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第3話 冷遇婿ライフ2

 俺はまだ食べかけだった朝食を再開し、オリビアさんは台所で食器を洗う。 「そういえば、娘さんは今日も街学校ですか?」 「いえ、それが今朝から熱を出して寝込んでいまして……今日は登校しておりません」 「ええっ!?」  オリビアさんの娘さんはまだ七歳。熱を出した幼い娘さんを置いて、俺たちのところへ仕事をしにきてくれたのか。全然気付かなかった。 「も、もう、今日の仕事はいいですよ! 早く娘さんのところへ帰ってあげて下さい!」 「ですが、今日は旦那様の服の繕い物もしなければいけませんし……」 「それは私がやっておきます! 娘さんに何かあったら大変じゃないですか! 帰って傍にいてあげて下さい!」  子供の立場からしたら、熱を出して寝込んだ時、親が傍にいてくれないことがどれだけ心細いことか。きっと、早く帰ってきてほしいって思ってるよ。  それでも、どうすればいいのか判断しかねているオリビアさんに、俺は権力を駆使した。 「これは男爵夫人としての命令です。今日の仕事はもういいですから、早く家に帰って娘さんの傍にいてあげて下さい。いいですね?」  命令なら、従うしかない……はず。  俺の考えの通りだったようで、オリビアさんはいたく感激したような顔をした。 「リアム様……はい。ありがとうございます」  では、失礼します、とオリビアさんもまた、家を出て行った。一人残された俺は、食器を片付けながら、今日やることを頭の中でまとめる。  ええと、食器の後片付けと、ローレンスの服の繕い物と、掃除と、あとは夕食作りか。こりゃあ、湖水公園でランチしている暇はないな。  でも、頑張るぞ。  その日の夜、ローレンスはいつものように無表情顔で帰宅した。 「おかえりなさい、ローレンス様」  玄関まで出迎えた俺を、ローレンスは「ただいま」と返しながらも、ちらりとも見ることはなく、すっと俺の横を通り過ぎて行く。 「オリビアの姿が見えないな」 「オリビアさんなら、今日は用事があるということで、夕方に帰られました」 「そうか」  自分から聞いてきたくせにさして興味なさげに相槌を打ち、さっさと二階の自室へ上がっていくローレンス。……と思ったら、思い出したように踵を返してきて、空になった弁当箱を俺に寄越した。 「弁当、ありがとう。うまかった」 「それはよかったです。ローレンス様、こちらも一緒にお部屋へ持っていって下さい」  俺が渡したのは、取れかけていたボタンや縫い目がほどけていた袖など、日中に繕ったローレンスの服だ。前世の俺は一人暮らしをして、こういった家事能力をだいたいは身に付けていたからおかしくはない……はずだった、けど。  補修したところをチェックしたローレンスは、怪訝な顔をした。 「オリビアとは、縫い方が違うな。……まさか、あなたがやったのか?」  ぎくっ。  マジかよ、早々にバレてしまった。 「えーっと、その……実は、オリビアさんの娘さんが熱を出して寝込んでいるということで、ローレンス様が出勤されてすぐに家に帰したんです」  勝手な真似をした俺だけでなく、オリビアさんまで怒られるんじゃないか、って不安になったけど、予想に反してローレンスは怒ることはなかった。「それなら、仕方ないな」と理解を示してくれた。ふぅ、よかった。 「それにしても、あなたは繕い物もできるのか」 「あ、はい。その……刺繍も趣味だったもので、その延長で覚えました」  うーん、ちょっと苦しいかな。言ってからそう思ったけど、ローレンスは「そうなのか」とそれ以上追及してこなかった。納得したというよりはあまり興味ないといった感じだ。 「帰ってきた時から、オリビアにしては掃除が甘いな、と思っていたが……掃除をしてくれたのもあなたか」 「う……甘かったですか。す、すみません」 「いや、色々と家事をさせてしまってすまない。ということは、夕食はないだろう。外食するか」 「いえ、ご用意しています。また、サンドイッチで申し訳ないですが……今朝、収穫した野菜がたくさん余っていたもので」  夕食まで用意したと聞いて、ローレンスは僅かながら目を丸くした。  それもそうだよな。公爵令息が繕い物と掃除をしていただけじゃなくて、夕食まで用意していたんじゃ驚くのも無理はない。ちょっと、頑張りすぎたかな。 「……多才だな」  それだけ言って、ローレンスは一旦二階の自室へ上がって行った。ほどなくして一階の食堂へ下りてきたローレンスと、俺は向かい合うように席に着いて夕食を食べ始める。  ローレンスは用もなく喋る人じゃないし、俺もなんとなくその冷たい雰囲気に呑まれて何も話せない。しばらく沈黙が続いたが、やがてローレンスから口を開いた。 「……ところで、あなたは本当に他の側婿たちに嫌がらせなどしていたのか」 「え?」  顔を上げると、困惑の色が見える空色の瞳と目が合う。 「ここひと月一緒に暮らしてみて……あなたがそういうことをするような人とは、とても思えないんだが。もしかして、濡れ衣なんじゃないのか」 「……いえ。嫌がらせをしていたのは事実です」  正しくは『リアム・アーノルド』がしていたのであって、『俺』じゃないけど。でも、そんなことを説明して信じてもらえるわけがないので、『リアム・アーノルド』を演じるしかない。 「私は……陛下のことが好きすぎて、嫉妬に狂ってしまっていたようです。冷静になった今はとても反省しています。以前も申し上げましたでしょう。己の性格を省みて反省した、と」 「……今の境遇はつらくはないか」 「自業自得ですから。それに私は今の生活が気に入っています。どんな境遇であろうと、前を向いてさえいたら、楽しく思えるものですよ」  にこりと笑うと、ローレンスは虚を突かれた顔をした。んん? 俺、そんなにおかしなことを言ったか? 個人的には人生なんて楽しんだもん勝ちだと、思っているんだけど。 「どんな境遇でも、か。なるほど、一理あるかもしれないな」  ふっと笑みをこぼすローレンス。こいつが笑ったところなんて初めて見たものだから、俺は内心驚いてしまった。もしかしたら、顔にも出ていたかもしれない。  元がイケメンだから、破壊力があるよ。女子ならキャーキャー言うところかもしれない。男の俺でも、ちょっとドキッとしたもんな。  普段から笑っていればいいのに、と俺は余計なお世話なことは重々承知で思った。

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