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第8話 冷遇婿ライフ完全終了

 俺の妥協案は通り。ローレンスに背負われて、俺は家路についた。すると、家の前でオリビアさんとばったり遭遇した。ちょうど、働きにきてくれたところらしい。 「あら、おはようございます。旦那様、リアム様」  仲睦まじい様子だと思っているのか、微笑ましげな顔をしているオリビアさん。俺は気まずい思いで「おはようございます……」と小さく返した。  ううっ、イチャついてると思われてるよ、絶対。 「おはよう。オリビア、すまないが先に家に入って湯船に湯を張ってくれないか。生誕祭でリアムが夜風に当たりすぎて体調を崩してしまってな。体を温めさせなくては」 「ええっ、それは大変ですこと! 分かりました、すぐにご用意します!」  オリビアさんは目を丸くしてから、急いで家の鍵を開けて中に入っていった。慌ただしく動いたオリビアさんの後ろに続いて、俺たちも家の中に入る。  当然ながら暖炉に火は点いていないから寒いけど……でも、やっぱり我が家は落ち着く。ほっとするっていうか。  ローレンスは広間のソファーに俺を横たえ、毛布をかけてくれた。 「オリビアが風呂を用意するまで、ここで休め。くれぐれも無理はしないように」 「……はい。ありがとうございます」  遠ざかっていくローレンスの足音を耳にしながら、俺は毛布にくるまった。  はぁ、散々な生誕祭だったよ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだ。嵌められた時はショックだったけど、今はあのモブ側婿たちに腹が立つな。もう処罰されてしまえ。  そんな俺の呪いの念が天に通じたのか、後日、モブ側婿たちも国王陛下から容赦なく後宮追放処分を言い渡され、俺同様にそれぞれ国王陛下の側近に降婿することになる。しかし、奴らは全く反省せず、さらに新しい暮らしに文句を言うばかりで、娶った側近たちに呆れられて冷遇されるというオチがつくそうな。  ちょっとBL小説の内容が変わってしまったけど、まぁ、ヒロイン側婿が正婿になるっていう大筋は変わらないはずだから、大丈夫……だろう、きっと。 「ふぅ、生き返るなぁ」  オリビアさんに用意してもらった湯船に浸かりながら、俺はそうこぼした。  冷えていた体がじんわりと温まっていく。入浴するのって、こんなにも気持ちがいいものだったんだなぁ。前世日本人としては温泉に入りたいところだけど、お風呂に入れるだけで十分ありがたいことだ。欲なんて言い出したらキリがない。  そう考えると……冷遇婿ライフを取り戻したいっていうのも、俺がわがままなのかな。いやでも、このまま性行為三昧の生活を送るなんてさすがに嫌だしなぁ。早くローレンスのことを好きになったってことにして、冷遇婿ライフを取り戻したいのが俺の正直な胸の内。  問題はローレンスを好きになった理由、か。うーん、あいつに惚れるようなエピソードでもあればなぁ。  これまでの日々を振り返って、今回の生誕祭まで記憶の針を進めたところで、俺ははっとした。今ならあるじゃん、打ってつけのエピソードが!  よし、お風呂から上がったら早速伝えに行こう。我ながらいい案を思いついた。これならあいつも納得してくれるはず。  善は急げ……とは言うが、ゆったりとお風呂を堪能して体を温めてから、俺は湯船から上がった。オリビアさんが用意してくれた衣服に着替え、脱衣室を出る。  暖炉もオリビアさんがつけてくれたんだろう、一階部分は暖かい。台所ではオリビアさんが朝食作りに取りかかっており、ローレンスは……お、いたいた。  広間のソファーに座っているローレンスを見つけた俺は、声をかけた。 「ローレンス様。……あの、お話があるんですが」 「ん? どうした」 「ええと、その……」  俺はわざとらしく体をもじもじとさせた。気色悪いとは自分でも思うけど、今は恋する乙女モードを演じなきゃならないんだよ。 「今回の一件で気付いたんです。いつの間にか、ローレンス様を好きになっていたことに」  ローレンスの目が大きく見開く。信じられないことを聞いた、という顔だ。驚きのあまりなのか、ソファーから立ち上がった。 「ほ、本当か?」 「はい。テラスに締め出されていた時……誰か助けにきてほしいと考えた時、真っ先に思い浮かんだのがローレンス様のお顔だったんです。陛下ではなく」 「………」 「私はもう……陛下への想いは消え、ローレンス様をお慕い申し上げています」  ふっ、どうだ。完璧だろ、この流れ。前世で可愛い妹に付き合って、伊達に数多のBL小説を読破してきた俺じゃないぜ。  ローレンス、これで満足しただろ? だからさ、また冷遇婿ライフを……  その時、唇に柔らかい何かが触れた。それがローレンスの唇だと、少し遅れて気付いた。  ……へ? なんでキスするんだよ、こいつ。 「ありがとう。大切にする。絶対に幸せにするから」  ぎゅっと俺の体を抱き締め、ローレンスは誓うように言う。  俺の頭は大混乱だった。え、何が起きてるんだ。国王陛下への想いを忘れてローレンスを好きになったことにすれば、満足して解放されるんじゃなかったのか?  俺はやんわりとローレンスを引き剥がした。 「あ、あの、ローレンス様。私が陛下をお慕いしていたことに、気分を害されていただけ……なんですよね?」 「ああ。愛する夫が他の男に想いを寄せているなんて、気分が悪いだろう」 「え……」  ――愛する夫?  えぇええええ!? こいつ、俺に惚れてたの!? いつから!?  なんてこった。恋愛偏差値ゼロの俺は、こいつの言葉を額面通りに受け取って、好かれているなんて微塵も気付いていなかった。  ま、まずい。これじゃあ、冷遇婿ライフを取り戻すどころか、甘々新婚ライフに自ら突っ込んでしまったようなものじゃ……。  すっかり両想いになったのだと思い込んでいるローレンスは、僅かながら口端を持ち上げて嬉しそうな顔をしていた。 「リアム。体調が回復したら、また愛し合おう」  チーン、と冷遇婿ライフ完全終了を知らせる音が耳奥で鳴った気がした。  どうやら俺は……また間違った選択をしてしまったようだ。

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