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第12話 新婚旅行3

「わぁ、綺麗ですね」  目の前には、一面に咲き誇るミモザの花畑が広がっている。澄んだ青空の下に黄色いミモザの花はよく映え、さながら黄色い絨毯のようだ。  翌日、ローレンスとともにギルモア地方伯爵邸から馬車で二時間ほど足をのばした先が、ここだ。ピクニックするとは聞いていたけど、こんなに美しい花畑の中でするとは。  ローレンスの奴、これまた意外にもロマンチックなのか? それとも、オリビアさんから情報を仕入れたかとか。その……俺を喜ばせるために。  そう考えると、ちくりと胸が痛い。ローレンスのことを好きになったなんて、あんな大嘘をつくんじゃなかったよ。同じ性行為三昧の毎日なら、国王陛下をお慕いしている設定のままの方が精神的にはずっと楽だった。  それにさ、ずっと心変わりしなければ、もしかしたらローレンスも俺への想いを諦めて、他に別の恋愛相手を見つけていたかもしれないし。そうしたらお互いウィンウィンだったのに。  ……って、あ。そうか。今からでも告白は嘘だったと白状してしまえば、そのルートに戻ることができるんじゃないか? 気付くのが遅いだろ、俺。 「少し散歩しようか」 「は、はい」  手を差し出されたので、俺はその手を取って二人並んで歩く。ミモザの花畑の周りをぐるりと一周しながら、俺は内心ドキドキする胸の鼓動を宥めながら口を開いた。  よ、よし。言うぞ。ローレンスのことを好きになったというのは、性行為三昧から解放されたかったがための嘘だったんです、と。正直に。 「あの、ローレンス様」 「どうした」 「えーっと、その……」 「ん?」 「………」 「?」  う……い、言えん。言えないよ。絶対に傷付けるじゃん。しかも、手を繋いでいる状態だから、なおのこと言いにくい。  結局、話を切り出すことができず、俺は違う話題を振った。 「そ、そういえば、オメガのお義父様というのは、どんな方だったんですか?」  頑固一徹そうなお義父さん、明るく朗らかなお義兄さん、無愛想でとっつきにくい氷狼の騎士様ときて、さてオメガのお義父さんはどういう人柄だったんだろう。 「そうだな……明るくて優しい人だった。兄上に似た感じだ。ただ、病弱な人だったから、床に伏せっていることが多かったんだが……それでも、毎日楽しそうに笑っていたな」 「素敵なお義父様だったんですね」 「ありがとう。オメガの父にもあなたを会わせたかったよ」 「私も是非お会いしたかったです。オメガのお義父様はいつ頃、お亡くなりに?」 「三年前だ。病で呆気なく逝ってしまわれた」  病弱な人だったって話だもんな。病気で亡くなったのか、そうか。残念なことだ。お義父さんと同年代の人ならまだ若かっただろうに。 「お義父様もおつらかったでしょうね……」 「そうだな。父上とオメガの父は仲睦まじかったから。父上は今も引きずっていると思う」  うーん、今は亡きオメガのお義父さんの話題なら、お義父さんとも会話が続くかもって思っていたけど、触れるのはやめておいた方がよさそうだな。無神経すぎる。  ふと、ローレンスが俺を見た。 「俺もあなたとは、両親のような仲睦まじい夫夫になりたいと思っている」  う!? ま、ますます切り出しにくくなったぞ。 「え、ええ……」  と、俺は努めてにこやかに笑い返すのが精一杯だった。  その後は会話が続かず、沈黙したままミモザの花畑を一周し終えて。緑の草が生い茂る地面にシートを敷いて座り、ミモザの花畑を眺めながら昼食を食べようということになった。 「サマンサにサンドイッチを作ってもらった。いただこう」  木の籠いっぱいに敷き詰められた、長方形のサンドイッチ。具材は焼いた卵のようだ。色鮮やかな卵の黄色さが、食欲をそそる。  サマンサさんに作ってもらった、か。サンドイッチなら、別に俺でも用意できたのに。 「ん、うまい。あいつも料理が上手くなったな」 「……昔はあまり得意ではなかったんですか?」 「ああ。よく材料を焦がしていた。料理が上達した、と手紙に書かれてあった時は、半信半疑だったんだが」  手紙? え、文通してんの?  初めて知る事実に驚いたけど、幼馴染だという話。別に文通していてもおかしくはない。気心が知れた仲のようだし。 「そう、なんですか。……サマンサさんはご結婚されているんですか?」 「特に報告がないから独身だと思う」 「で、でも、あんなに可愛い子ですから、恋人はいらっしゃいそうですよね」 「どうだろうな。あれで気が強いから、男は逃げ出すかもしれない」  口ではそう言うものの。サマンサさんについて語るローレンスの目は優しげだ。それは初めて見る表情だったので、俺はなんとも形容し難い思いに駆られた。  なんだろう。また、胸がもやもやする。  っていうか、なんでがっかりしているんだろう、俺。既婚者だとか、恋人がいるだとか、そういう返答を期待していたのかな。どうしてかは分からないけど。  俺は無言でサンドイッチを一口かじった。 「……本当においしいですね、このサンドイッチ」  俺が作ったサンドイッチの方がおいしい、なんて言ってくれるかと思ったけど、ローレンスは「そうだな」と相槌を打つだけだった。  なんか俺、さっきからおかしいな。何をそんなにサマンサさんのことを気にしているんだろう。ローレンスと結婚しているのは俺だし、ローレンスが好きなのも俺だ。  さわさわと春風が吹く。ミモザの花がゆらゆらと揺れる。本当に綺麗な光景だ。……って、ああ、そっか。だからか。  こんな絶景を前にして、沈黙したままじゃもったいないじゃん。だから、少しでも会話を弾ませようとして、こいつが仲のよそうなサマンサさんについて話を振っただけだ。うん、きっとそう。  結局、大して会話は盛り上がらず、途中からは沈黙が続いたけど、今に始まったことじゃないんだから別にいいか。  昼食を食べ終えてのんびり過ごした後は、馬車で街に戻った。少し街を散策して、オリビアさんたちにもお土産を買って、ギルモア地方伯爵邸に戻ったのが夕方。夕食の席では、やっぱりお義父さんとはあまり話せずじまいだった。  ギルモア地方伯爵邸での滞在二日目は、そうして終わった。

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