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第13話 新婚旅行4
そして、ギルモア地方伯爵邸での滞在最終日。
朝早くに目を覚ましてしまった俺は、まず水を飲もうと地下の台所へ行った。朝早すぎてまだ使用人たちの姿は見えない。
コップ一杯分の水を飲み干し、俺は再び一階に上がった。
うーん、どうしよう。朝食の時間までまだ三時間以上あるぞ。二度寝しようにも目が冴えていて寝られる気がしないし、かといって客室に戻って暇をつぶそうにもまだ眠っているローレンスに気を遣う。
いっそ、外に出てみようか。そういえば、薔薇園をよく鑑賞していなかったし。
……と、思ったものの、誰にも何も言わず外に出るのはよくないかもしれない。姿が見えないと騒ぎになっても困る。
そこでふと、広間のことを思い出した。あの部屋からなら、薔薇園が見える。窓から薔薇園を鑑賞しながら、広間でゆっくり過ごそうかな。
そう決め、俺は広間へ足を向けた。まだ誰も起きていないだろうと思ったんだけど……なんと、先客がいた。お義父さんだ。窓辺に立って薔薇園を眺めている。
「お、おはようございます、お義父様。お早いですね」
内心気まずく思いながらも、平静を装って声をかけた。塩対応のお義父さんだけど、無視することはない。ちゃんと挨拶が返ってきた。
「おはよう。年寄りは朝早いものだ」
前世の感覚からしたら、五十路なんてまだまだ若いと思うけど、この国の平均寿命は六十歳前後。五十路はもう年配の部類に入る。
「お前こそ、早いじゃないか。どうした」
「それが、どうしてか目が覚めてしまって。せっかくですから、この部屋から薔薇園をのんびりと鑑賞しようかな、と」
「そうか。なら、薔薇園を見ながら、少し年寄りの話に付き合え」
俺は目をぱちくりとさせた。あれ、お義父さんから話をしようとするなんて珍しいな。なんの話だろう。『リアム・アーノルド』の所業の件だったら、応対に困るなぁ。
そう思いながらも「はい」と努めて朗らかに笑って、俺はお義父さんの隣に並び立った。お、いい眺めだ。色とりどりの薔薇が美しい。
「お前は愚息のどこに惚れた」
唐突な問いかけに俺は面食らったが、すぐに答えることができた。冬の生誕祭の一件でローレンスに助けられたという話だ。惚れるのには十分な理由になるし、実際ローレンスもあっさり信じてくれた。だから、お義父さんも納得してくれるだろう、と思ったんだけど。
「その話も聞き及んでおる。だから事実なのだろうが、それで惚れたというのは嘘だろう」
「え?」
「お前が愚息を見る目は、愛しているという目じゃない」
ぎくりとした。え、ちょっと待て。――見抜かれていたのか!?
「い、いえ、そんなことは……」
「その者を愛しているかどうかは、その者を見る目を見れば分かる。本当に誰かを愛したことがある人間ならな」
「………」
マ、マジかよ。俺がローレンスのことを好きじゃないって、とっくに分かっていたのか。そりゃあ塩対応にもなるよ。相手が『リアム・アーノルド』じゃなくたって。
一喝されるかもしれないと思った。可愛い息子の心をもてあそぶな、と。でも、予想に反してお義父さんは冷静だった。
「リアム・アーノルドといえば、陛下のことを大層お慕いしていたと聞く。本気で好きだったのであれば、そう簡単に恋心は消えないだろう」
「………」
「想いが叶って陛下の側婿となったのも束の間、しがない王立騎士の愚息に降婿。優雅な後宮生活も失った。今の境遇はつらくはないか」
そういえば、ローレンスにも同じように聞かれたっけ。
押し黙っていた俺だけど、その問いには嘘偽りなく答えられた。
「いいえ。私は今の生活は嫌いではありません。どんな境遇であろうと、前向きに考えていたら楽しくなるものですよ」
性行為三昧の日々だけは、どうにかしたいものだけど。
別に変なことを言ったわけじゃないはずだ。でも、お義父さんは驚いたように目を見張り、そして一笑した。
「……懐かしい言葉を聞いたな」
「懐かしい、ですか?」
「ああ。私の亡き夫も昔、似たようなことを言っておった」
視線を薔薇園に向けたまま、だけど遠い昔に思いを馳せるような目で、お義父さんは亡きオメガのお義父さんについて語り出した。
「私の亡き夫はな、伯爵と平民の愛人との間に生まれた子供だった。しばらくは平民として育ったそうだが、ある日その愛人が亡くなったため、伯爵に引き取られたという。だが、伯爵家では、病弱だったということもあって厄介者扱いされて冷遇されていた。父親である伯爵からさえも愛されず、傍から見ればつらい境遇のように思えた」
俺はつい眉尻を下げた。それは……確かに恵まれていると言い難い生い立ちだ。
「だが、亡き夫は不思議といつも笑っていた。私がどうしてそんなに明るくいられるのかと聞くと、亡き夫はこう答えた。『どんな境遇にいても、前向きに生きてさえいたら、楽しく感じられるものですよ』と。その芯が強く明るいところに惹かれて、私は亡き夫を娶った。幸せにしてやれたかどうかは、分からんがね」
「………」
「ともかく、愚息がお前に惚れた理由が分かった気がするよ。お前たちの関係がこれからどうなるか分からんが、愚息のことを頼んだ」
お義父さんは、そこでようやく俺を見た。
「話はもう終わりだ。客室に戻るといい」
「……はい」
言われるがままに客室へ戻ろうとして、だけど俺は足を止めた。
「……きっと、幸せだったと思いますよ。亡きお義父様は」
「何故そう思う」
「ローレンスさんが言っていました。亡きお義父様は毎日楽しそうに笑っていたと。そんな生活を送っていて、幸せじゃなかったとは思えません」
「……そう、か」
俺が今いる位置からは、再び薔薇園を見ているお義父さんの顔は見えない。だから、どんな表情をしているのかは分からない。でもきっと、亡きお義父さんとの日々を振り返っているのだろうと思った。
思い出に浸っているところを邪魔するわけにはいかない。俺はそれ以上は何も言わず、そっとその場から立ち去った。
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