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第14話 新婚旅行5
「じゃあ、二人とも。気を付けて帰るんだよ」
優しくそう声をかけてくれるのは、お義兄さんだ。その隣にいるお義父さんは、「ふん、せいぜい達者に暮らすといい」とぶっきらぼうに言った。
馬車の前にローレンスと立っている俺は、にこりと笑った。
「はい。お義父様、お義兄様、使用人のみなさんも。お世話になりました」
「次はいつ帰省できるか分かりません。どうかお元気で」
ローレンスの別れの挨拶に、お義父さんは鼻を鳴らした。
「お前はもう少し頑張れ」
俺は内心慌てふためいた。これ絶対、俺を振り向かせるために頑張れって意味だよな? わわっ、こいつが事実に気付いちゃったらどうするんだよ。傷付くだろ。
焦ったけど、ローレンスは側近騎士としてもっと武功を上げろ、という意味に解釈したらしい。「はい、精進します」と返していた。
そうしてギルモア地方伯爵邸の一同に見送られて、俺たちは馬車で発った。滞在期間三日という短さだけど、不思議ともっと長くお世話になっていたような気がする。一方で、あっという間に新婚旅行が終わったようにも感じて……なんか、不思議な感覚だ。
ガタゴトと馬車に揺られながら、俺は今朝のお義父さんとの会話を思い返した。ローレンスに気持ちがないことを見破られていたことには焦ったけど、お義父さんたちの馴れ初め話は素敵だったな。オメガのお義父さんに会えないことが残念でならない。
前世の俺は、非モテ男子だったから恋愛とは縁遠かった。初恋くらいは経験あるけど、女子との接点がなさすぎて、ろくに恋すらしたことがない。
それでも、将来はいつか好きな相手と結婚することを夢見ていて、その憧れは今世の俺の胸にも実はあって。
今世ではすでに結婚しているし、しかも相手は男だけど。――でも。
俺は隣に座るローレンスをちらりと見た。
もし、このまま結婚生活を続けていったら。そうしたら。俺もいつか、こいつを愛せる時がくるのかな、なーんて。
ちょっぴり心境に変化が起きた、そんな新婚旅行だった。
そして一ヶ月経ち――。
「「「おかえりなさいませ、旦那様、リアム様」」」
王都の家に帰ると、オリビアさんたち使用人三人が出迎えてくれた。俺たちが帰ってくるということで、わざわざ集まってくれたらしい。
「ただいま戻りました。みなさん、お変わりないですか」
「はい。家族三人、元気にしておりました」
そう答えたのは、一児の母オリビアさんだ。他の二人も元気に暮らしていた、とにこやかに返答があった。みんな、変わりないみたいでよかったよ。
「お二人は新婚旅行、どうでした」
「楽しかったですよ。特にミモザのお花畑は綺麗でした。お義父様とお義兄様にもお会いできましたし、行ってよかったです」
「ふふ、それはよろしゅうございました」
「あと、みなさんにお土産を買ってきたんです。ギルモア地方産の茶葉です。よかったら、家族のみなさんと飲んで下さい」
オリビアさんたち使用人三人に茶葉の袋を手渡すと、みんな驚きつつも喜んでくれた。やっぱり、人を喜ばせるっていいよな。気分がいいし、自分も優しい気持ちになれるというか。
ちなみに、隣国ハヴィシオン産の茶葉はないかなって探したんだけど、見つからなかった。隣国とはいえ閉鎖的な国だから、国交があまりないからかも。ハヴィシオンってどんな国なんだろうな。この国とは元は一つの国だった関係で、人種も言語も同じらしいけど。
そんなことを、街を散策中にローレンスにも話したけど、ローレンスは「すまないが、俺は興味ない」と珍しくそっけない答えが返ってきたっけ。
オリビアさんは、ローレンスにも話を振った。
「旦那様、ギルモア地方伯爵邸のみなも元気にしておりましたか」
「ああ。みな、オリビアによろしくと言っていた」
そういえば、オリビアさんは元々ギルモア地方伯爵邸のメイドとして働いていて、ローレンスに引き抜かれたから王都にきたんだっけ。オリビアさんなら、きっとみんなから慕われていたんだろうな。
「サマンサも、きちんとメイドとして働いているようだ。料理の腕も上達していた」
「あら、そうですか。あの子も立派なメイドになったんですね」
楽しげに会話を交わす二人。
……サマンサさん、か。ローレンスの口からその名前を聞くと、やっぱり胸がもやっとするんだよな。理由は未だに分からないんだけど。
サマンサさんについて語るローレンスの顔を、なんだか見ていたくなくて、俺は「ちょっと疲れたので休みます」とみんなに声をかけてから、二階の自室に引っ込んだ。
荷物を片付けるのはあとにすることにして、とりあえず寝台に横たわる。仰向けに寝転がって、左手を宙にかざす。薬指にきらりと光るのは、結婚指輪だ。
『俺もあなたとは、両親のような仲睦まじい夫夫になりたいと思っている』
なれるかな? 嘘が真実に変わる時はくるかな?
ずっと冷遇婿ライフを送りたいって思っていたけど、今は俺も普通に仲のいい結婚生活をローレンスと送りたいって思うよ。
いつか、そんな日がくるだろうか。
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