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第15話 亀裂

 新婚旅行から帰ってきて、また穏やかな日常に戻った。季節は春のピークを過ぎていて、初夏へと移りつつある。つまり、もうすぐローレンスとの結婚記念日だ。  何か贈り物を用意すべきかなぁ? それとも、手料理を振る舞う方がいいか? うーん、どうしよう。  そんなことを考えつつ、その日の朝も俺はローレンスと一緒に朝食を食べていた。オリビアさんが作る料理は変わらずうまい。 「旦那様、サマンサからお手紙が届いておりますよ」  俺はついぴくっと反応してしまった。そういえば、二人は文通しているんだっけ。  ローレンスは食事をする手を止め、オリビアさんから手紙を受け取った。 「ありがとう」  食事の最中だし、あとで読むんだろうと思ったけど、ローレンスはそのまま封を破って手紙を読み始めた。え、今読むのかよ。俺と一緒に……食事している最中なのに。  むっとしたものの、顔には出さずに俺は気にしていないふりをして食事を続けた。サマンサさんからの手紙……どんなことが書かれてあるんだろう。今回はこの間の帰省で久しぶりに会えてよかった、元気そうで安心した、とかかな。  気になった俺はちらりとローレンスを見て、だけど困惑してしまった。だって、ローレンスの顔はひどく衝撃を受けたような表情をしていて、軽く放心状態だったから。 「ローレンス様? どうかされたんですか」  心配になって声をかけると、ローレンスははっとした様子で手紙をそっと折りたたんだ。 「……いや、なんでもない」  そう答えて、朝食を食べ終えていないのに席を立つローレンス。折りたたんだ手紙を胸ポケットに差し込んで、「今日はもう行く」と玄関へ向かう。ど、どうしたんだ?  俺もオリビアさんも慌てて後を追った。 「い、いってらっしゃいませ。ローレンス様」 「だ、旦那様、お気を付けて」  ローレンスは無言で外へ出て行った。いつもならするはずのキスもなかった。  俺とオリビアさんは顔を見合わせて、首を傾げるしかない。本当に何があったんだろう。どう考えても、様子がおかしくなったのはサマンサさんからの手紙を読んでから、だよな?  サマンサさんからの手紙に……一体、何が書いてあったんだろう。  気になるけど、ローレンスの口から話してもらえない限りは分からない。帰宅したら、もう一度聞いてみるか。なんでもないっていう雰囲気じゃなかったもんな。  そう決めて、朝食を終えた後。今日は二階の自室で本を読むことにした。オリビアさんから借りた恋愛小説だ。恋愛ってどういう風に発展するんだろう、って改めて考えて、貸してほしいって頼んだんだ。  途中、昼食の時間を挟みつつ、ずっと自室にこもって読書していたら。コンコンと扉を叩く音がしたので、俺は本から顔を上げて「どうぞ」と返した。てっきり、オリビアさんだろうと思ったんだけど、 「リアム。ただいま」  顔を出したのは、なんとローレンスだった。いつもより二時間は早い帰宅だ。俺は本をテーブルの上に置いて、慌てて椅子から立ち上がった。 「ローレンス様。おかえりなさいませ。今日はお早いですね。お出迎えをせず、すみません」 「いや、構わない。それよりも、リアムにちょっと話があるんだ」  そう言って、ローレンスは部屋に入ってきて、俺の少し手前に止まった。なんだろう、改まって。あ、もしかして今朝のサマンサさんからの手紙の話か? 「リアム……陛下への想いはまだ残っているか?」 「え?」  急にどうしたんだ。国王陛下への想いは無くなって、ローレンスのことが好きだって、嘘だけど告白したじゃないか。お前もあっさりそれを信じたはずだろ。 「以前にも申し上げましたが、陛下への想いはもうありません」  前世の記憶を取り戻した俺は、国王陛下のことなんて別に好きじゃないよ。人格者だとは思うけどさ。 「そう、か。なら、俺のことは? 好きか?」 「……どうしてそんなことをお聞きになるんです」  我ながらずるい返しだと思う。でも俺は、好きだと嘘をつくことも、本当は好きじゃないと暴露することも、咄嗟にはできなかった。  俺の返答を聞いて、ローレンスは目を伏せた。好きだと即答しないことが、俺の答えなんだと察してしまったようだった。 「実は今朝届いたサマンサからの手紙によると、新婚旅行でギルモア地方伯爵邸に滞在中、サマンサはあなたと父上の会話を立ち聞きしてしまったらしい」  俺はさあっと顔から血の気が引いていくのが分かった。お、おい。それって、まさか――。  心臓がバクバクと脈打つ。背中に嫌な汗を掻いた。  お義父さんとの会話。それは滞在最終日に広間で話した会話のことだろう。それを最初から全部聞かれてしまっていたとしたら。  ローレンスは必死に感情を押し殺したような声で、言った。 「リアムはまだ陛下のことを想っている、俺のことは愛していない。そう、書いていた」  ――バレた。とうとう、バレてしまった。  第三者から知らされるという、最悪の形で。 「信じるつもりはなかったが、サマンサがそんな嘘をつくわけがないし……あなたの反応が何よりの答えだな」 「あ、あの…っ……」 「両想いになったと浮かれていた自分が……バカみたいだ」  自嘲するように笑って。ローレンスは俺に背中を向け、そのまま戸口へ歩いていった。  ぱたん、と扉が静かに閉まる。  俺は引き止めることも、後を追って謝ることさえできなかった。ただ、呆然とその場に立ち尽くした。  傷付けた。きっと、ひどく傷付けてしまった。  はは……これじゃあ俺、『リアム・アーノルド』のことをどうこう言えないな。俺の方が……よほど自分勝手で最低な男だ。  そっと左手の薬指から結婚指輪を外した。元々収められていた小さな箱の中に戻した。  もう……俺には、この結婚指輪をつける資格はないと思ったから。

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