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第16話 謝罪

 それから二週間、俺はローレンスと顔を合わせることはなかった。ローレンスは俺が起きるよりも先に出勤し、俺が寝てから帰宅する。明らかに避けられていた。  俺が早起きするとか、夜更かしするとかしたら会うには会えるだろう。でも、俺には顔を合わせる勇気はなかった。どんな顔をして、なんて声をかけたらいいんだよ。  そんな俺たちのすれ違い生活に気付いて見かねたんだろう。オリビアさんが気遣わしげな顔をして、一人で朝食を食べる俺に声をかけてきた。 「あの、リアム様。旦那様と喧嘩でもされたんですか?」 「……いえ、そういうわけでは」 「では、どうしてここのところ、互いに互いを避けられているんです」 「………」  どうして避けているか。いくら、オリビアさんでも事情を勝手に話すのは憚られた。そもそも、話す気力がなかったというのもあるけども。 「関係は早く修復するのに越したことはありませんよ。こじれてしまう前に」  関係を修復? はは、そんなことできるわけがないじゃん。それにもう手遅れだよ。俺たちの関係は……終わったんだ。  そう考えると、胸が締め付けられるように痛んだ。これまでのローレンスとの日々を思い出して、涙腺が緩む。泣くまいと必死に堪えたけど、きっと目は涙で潤んでいると思う。  もう、これまでの日々には戻れない。  もう、これまでの関係には戻れない。  あいつのことをいつか愛すことができたらいいなって、仲のいい結婚生活を送ることができたらいいなって、思い始めていたのに。もう取り返しがつかないほど、傷付けてしまった。 「……私は、ローレンス様に決して許されないことをしてしまいました」 「何をしたのか、聞いても構いませんか」 「理由は勝手にお話できません。でも、ひどく傷付けてしまったんです。そして、それを謝ることさえできなかった…っ……」  堪えていた涙が、こぼれ落ちた。ぽたぽたとスープの中に落ちていく。 「僭越ながら、リアム様」  すすり泣く俺の脇に、オリビアさんは片膝をついて目線を合わせようとした。 「それなら、まず謝りましょう? 傷付けてしまったというのなら、早く謝らなくては。謝罪はすることに意味があります。許してもらえるかどうかは分かりませんが、リアム様のありのままのお気持ちをお伝えしましょう。旦那様ならきっとお話を聞いて下さいます」 「……そう、でしょうか」 「ええ。ここは勇気を出して、頑張りましょう。やらずに後悔よりも、やって後悔というやつです。……このまま、旦那様との関係が終わってしまったらお嫌でしょう?」  俺たちの関係。終わってしまったらって……まだ、終わってないのか? まだ、修復が間に合うのか?  ……そうだ。俺は、あいつとの関係をこのまま終わらせたくない。  俺は涙を拭って、オリビアさんを見た。 「ありがとうございます、オリビアさん。今夜、きちんと謝ってお話してみます」  たとえ、許してもらえなかったとしても、謝罪するのが人としての筋。  当たって砕けろ、だ。  夜が更けた頃、ローレンスは帰宅した。広間のソファーで待っていた俺は、震える足を必死に動かして玄関へ行き、出迎える。 「おかえりなさいませ。ローレンス様」 「……まだ起きていたのか」  それだけ言って、ローレンスは俺の横を通り過ぎて行く。二階へ上がろうとするローレンスの背中に、俺は勇気を振り絞って声をかけた。 「あ、あの! 少し……話を聞いてもらえませんか」  ローレンスは足を止めた。目線は合わせてもらえなかったが、俺を振り向いてくれた。 「……なんだ」 「その……ごめんなさい。嘘をついて傷付けてしまったこと」 「………」 「本当に……申し訳ありませんでした……!」  俺はゆっくりと頭を下げた。視線を床に向けたまま、正直に事情を打ち明けた。 「わ……俺、本当は『リアム・アーノルド』じゃないんだ」 「え?」 「後宮で陛下から処罰された時に、急に前世の記憶を取り戻して……本当はノゾムって名前なんだ。だから、『リアム・アーノルド』が悔い改めて性格が変わったんじゃない、人格そのものが『俺』になったから変わった」 「………」  こんな話、信じてもらえるはずがないだろう。頭ではそう思う。それでも俺は、もうローレンスに嘘をつくわけにはいかない。 「その時から、陛下への想いは一切ない。気持ちが残っているって言ったのは、『リアム・アーノルド』を演じての嘘だった。ローレンスが俺のことを好いてくれていたなんて、全然気付いていなかったから。でもそれからローレンスに抱かれるようになって……ローレンスに心が傾いたって嘘をついたのは、早く元の生活に戻りたかったから。男に抱かれずに済む冷遇婿ライフを送りたくて、俺は最低な嘘をついた」 「………」 「でも……少しずつ、ローレンスのことを愛していけたらいいな、って、思うようになっていたんだ。嘘が真実に変わったらいいなって。そう考えるようになった矢先に、今回のことがあって……もう終わったって思った。取り返しのつかないことをしてしまったって」  声が、震える。拒絶されるかもしれないと思うと、怖い。  だけど、俺はこの想いを伝えなきゃ、一生後悔する。 「許してもらえないかもしれないけど……都合がいいっていうのは分かってるけど、でも俺、このままローレンスとの関係を終わらせたくない…っ……」  俺はきつく目を瞑り、あとはローレンスの返答を待った。

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