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第18話 ボランティア1
じりじりと焦がれるような夏の日差しが眩しい。むわっとした熱風が吹き、黙って立っているだけでも額に汗が浮く。
そんな夏真っ盛りのある日、俺はオリビアさんの食料の買い出しに付き合っていた。荷物持ち要員だ。暇だったし、女性に重い物を持たせるわけにいかないだろ。
「荷物持ちをして下さってありがとうございます、リアム様。助かります」
「いえ。どうせ、暇でしたから」
荷物持ちは全然構わないんだけど、もう暑いったらない。猛暑という言葉は今日のためにあるようなものだ。家に帰ったら、キンキンに冷えたアイスティーでも飲もう。
この国では氷は高価な物なのでなかなか手に入らないけど、それでも多少はウチにも蓄えてある。曲がりなりにも貴族でよかったと思うのは、こういう時だな。ありがとう、ローレンス。
ちなみにあれから、ローレンスとは性行為はもちろん、キスもしない。スキンシップといったらハグくらいだ。焦らず、ゆっくりと距離を縮めていこうって決めたから。
ローレンスからの想いに、早く応えられたらいいな。
「そういえば、旦那様との結婚記念日はどうでしたか。手料理を振る舞われたんですよね」
「はい。喜んでもらえました」
今の俺たちの関係で結婚記念日を祝うというのも変な話だけど、形から入ることも大事だよなってことで、一応、先週末に遅れて結婚記念日を祝った。遅れてっていうのはほら、すれ違いの生活をしていた時に結婚記念日が過ぎてしまっていたから。
オリビアさんたち使用人は集まってくれようとしたけど固辞して、その日は二人だけで過ごした。これといって会話が盛り上がったわけでもなかったけど、腹を割って話してそれを受け入れてもらえたからか、傍にいると落ち着くというか、居心地は悪くなかった。
オリビアさんと談笑しながら、家路についていた時だ。道の端でチラシを配っている若い女性がいて、俺は差し出されたチラシを反射的に受け取った。
なんのチラシだろう。新しい店でもできたのかな。
そう思い、チラシを覗き込むと。
――『学童保育所のボランティア募集中』と、書かれていた。
「え? ボランティアをしたい?」
その日の夜。広間のソファーに隣り合って座るローレンスに、俺は昼間にもらったチラシを手渡した。
「うん。学童保育所でボランティアを募集してるみたいでさ」
「やりたいのなら別に構わないが……どうしたんだ、急に。家でゆっくりしていればいいだろうに。それとも、家にいるのは暇か?」
「暇っていうのもあるけど。俺、前世で子供相手に家庭教師のバイトをしていたんだ。将来も学校の先生になりたくて学校に通っててさ、子供たちと触れ合いたいなぁって」
「そう、なのか。そういうことなら、好きにしたらいい」
あっさりと許可が出て、俺はぱっと顔を輝かせた。
「ありがとう、ローレンス!」
「ボランティア活動をするなんていいことだ。まぁ……元公爵令息だとは言わない方がいいかもしれないが。さすがに周囲から距離を置かれそうだ」
「分かってる。王立騎士の夫とだけ話すよ」
「いつから行くんだ?」
「早速明日、まずは面接に行こうと思ってる」
「そうか。頑張れ」
ぽん、と俺の頭に手を置かれた。こんなこと、子供の時に親くらいからしかされたことがなくて、俺はなんだかくすぐったい気持ちになった。
その後は他愛のない話をしてそれぞれの自室で就寝し、翌日。俺は朝食を終えた後、チラシに書かれてあった学童保育所へ足を向けた。
あ、そうそう。学童保育所っていうのは、日中に保護者が仕事などで家を不在にしている間、まだ留守番させられないような年齢の子供が預けられる施設のことをいう。この国の平民は共働きが主流だから、学童保育所もあちこちにある。
その一つでボランティアするべく顔を出した俺は、王立騎士の夫といえども貴族がボランティアしたいと申し出たことに大層驚かれたが、無事に採用が決まった。『リアム・アーノルド』は意外にも学業だけはできたから、平民の子供が習う勉強ならなおのこと問題ない。そういうわけで、俺は主に勉強をする子供の面倒を割り当てられた。
「よかったな、ノゾム」
「うん。ありがとう」
心からよかったと思ってくれている顔のローレンス。
ローレンスは家で俺と二人っきりの時だけ、俺のことを本名の『ノゾム』と呼ぶ。俺はもう『リアム』に慣れたからそのままの呼び方でもよかったんだけど、なるべく本当の名前で呼びたいからってことでそう呼んでくれる。
本名で呼ばれるたびに、なんだか心がぽかぽかするよ。
「頑張るよ。週に五日、夕方から夜に通うんだ。もしかしたら、ローレンスの休みと被っちゃうこともあるかもしれない。その時はごめん」
「別に構わない。ノゾムは立派な活動をするんだから。でもそうだな、夜道は危ないから、帰りだけは俺が迎えに行こう」
「え、いいの?」
「ああ。何かあったら心配だ」
「ありがとう」
優しいよな、ローレンスって。『氷狼の騎士』なんて呼ばれているくらいだから、周囲から誤解されやすそうだけど、こんなにもいい人なんだよな。
まぁ、それはともかく。
ボランティア、頑張るぞ。
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