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第21話 ボランティア4
って、んん?
俺はそこまで考えてはっとした。そうか。だから、勉強嫌いを装っているのか、テディ君は。テディ君はきっと――。
「母ちゃん、腹減った」
二階から下りてきたテディ君の言葉に、お母さんは片眉を上げる。
「ちょっと待ちなさい。今、リアム先生とお話しているところだから」
「まだ終わってなかったのかよ。どうせ、俺が勉強しないことに関する話だろ。俺はただ単に勉強が嫌いなだけなんだからさ。放っておいてくれよ、先生」
「――テディ君、嘘をついたらダメだよ」
俺は真っ直ぐテディ君の目を見つめた。
「テディ君、君は本当は勉強が好きなんだ。それに頭もいい。だから、最低限の勉強はできるし、するんだ」
俺の指摘にテディ君は面食らっていた。
「は、はぁ? 何言ってるんだよ。ちが――」
「お父さんに勉強を教えてもらいたくて、頭の悪いふりをしているだけなんだろ」
テディ君はきっと、お父さんに勉強を教えてもらっているよその子たちが羨ましいんだ。自分も同じようにお父さんから勉強を教わりたくて、でもその気持ちを素直に伝えられなくて、勉強嫌いで成績が悪いふりをして気を引こうとしている。
それが、俺の行きついた答え。
「勉強を教えてほしいって、お父さんに言おう? テディ君の気持ちが分かったら、お父さんは応えてくれるよ」
「ち、違う! 俺は…っ……」
「親に甘えたいのは恥ずかしいことじゃないよ」
親に甘えられるのは子供の特権。大人になったら、否が応でも自立しなきゃならない。今のうちにたくさん甘えたらいいよ。
テディ君のお母さんは戸惑った顔で、テディ君を見た。
「テディ……そう、だったの?」
「………」
「お父さんから勉強を教わりたかったの?」
「…っ……、だって! 父ちゃんは、俺の父ちゃんなのに! 他の子たちだけ、父ちゃんから勉強を教わってて、なんかズルいじゃん!」
ようやく本心を吐き出したテディ君を、テディ君のお母さんはソファーから立ち上がってそっと抱き締めた。
「ごめんね。お母さんもお父さんも、テディの気持ちに全然気付かなかった。お父さんが帰ってきたら、三人で話しましょう」
「うん…っ」
これで一件落着、かな。テディ君のお父さん、テディ君の気持ちに応えてくれたらいいんだけど。上手くいくことを願うしかないか。
俺もソファーから立ち上がった。
「テディ君のお母さん。テディ君。私はそろそろ帰ります。お邪魔しました」
「あっ、大したおもてなしもできず、すみませんでした」
テディ君と、テディ君のお母さんは、玄関先まで見送ってくれた。特にテディ君のお母さんは「本当にありがとうございました、リアム先生」とお礼の言葉を口にしてくれた。
「お帰りはお気を付けて。是非また我が家にいらして下さい」
「はい。ありがとうございます。じゃあテディ君、また明日会おうね」
泣いて目が赤いテディ君にそう笑いかけて、俺はテディ君の家を後にした。俺たちが住む家とは正反対の場所にあったので、帰りも学童保育所を経由して帰路につく。今日はローレンスに迎えは必要ないって言ったから、帰りは一人だ。
ふぅ、夜は少し肌寒いな。帰ったら温かい紅茶を飲もう。ローレンスにテディ君のことが解決したことを報告しながら、二人で。
と、思っていたら。
「遊びにくるのなら事前に連絡を寄越せ」
「だって、断られたら困るなぁって」
闇夜に輝く銀髪も、少し低めの声も、間違いない。ローレンスだ。そして、ローレンスが一緒にいる相手は――サマンサさん、だった。
え、なんでサマンサが王都にいるんだ。それにこんな時間に二人で何してるんだよ。
目の前を通り過ぎて行く二人に気付かれぬよう、俺は咄嗟に物陰に隠れてしまった。
「急にこられた方がこっちはもっと困る。言っておくが、俺は仕事があるから、あまり相手をできないからな」
「別にいいわよ、オリビアさんに付き合ってもらうから。――で、リアム様がボランティアされている学童保育所ってどこよ」
「あそこに見える建物だ。主に子供たちに勉強を教えているらしい」
「ふーん……」
よく分からないけど、俺がボランティアしている学童保育所を、ローレンスはサマンサさんに見せにきたみたいだ。建物を見るなり二人は踵を返してきて、俺が歩いてきた道を再び横に通り過ぎて行った。
……普通に声をかけたらよかったのに、何してるんだろ、俺。
頃合いを見計らって、俺も物陰から出て二人が歩いた道を辿った。ほら、帰る家から一緒だから。別に尾行しているとかじゃなくて、自然と歩く方向が同じになるんだよ。
会話を盗み聞きすることにならないように距離を離して歩き、二人が家に入ってから少し時間を置いて、俺も帰宅した。二人を見かけていたことには素知らぬふりをして。
「ただいま」
「おかえり、リアム」
出迎えてくれたローレンスの背後からひょいと、
「おかえりなさいませ。リアム様」
にこやかな顔を見せたサマンサさんの姿に、俺は驚いた顔を作る。
「え、サマンサさん? どうしてここに」
「王都に遊びにきたそうだ。事前に連絡もなしにな。ほっぽり出すわけにもいかないから、しばらくウチの客室に滞在させる」
「そうなんだ。分かった」
サマンサさんは可愛らしい顔をにこっとさせた。
「よろしくお願いします、リアム様」
「こちらこそよろしくお願いします。どうぞ、ゆっくり王都見物して行って下さい」
「はい。では、私は客室に戻りますので」
軽やかな足取りで二階へ上がって行くサマンサさん。なんか……思っていたよりも、普通の態度だったな。俺とお義父さんの話を立ち聞きした件について、ローレンスはきちんと話し合った旨を手紙で伝えたみたいだから、それで納得してくれたのかな。
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