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第22話 サマンサの来訪1

「リアム。例の子のことはどうだった。家庭訪問に行ったんだろう」  ローレンスから声をかけられて、俺は振り向いた。 「あ、うん。勉強嫌いを装っていた理由が分かったよ。ローレンスが推測した通りだった。多分、いい方向に向かうと思う」 「そうか、よかったな」 「ありがとう。ローレンスが助言してくれたおかげだよ。よく、気を引くために嘘をついているかもしれないって推測できたな」  本職でもあるまいに。それとも、人生経験の差ってやつ? 俺たち、そんなに年は変わらないはずだけど。  ローレンスは歯切れ悪く答えた。 「いや、まぁ……俺にも身に覚えのある感情だから」 「え? ローレンスにも?」 「ああ。子供の頃、俺は心を閉ざしていたんだが、だがその一方で気にかけてもらいたいという甘えた気持ちもあって。実際には何もしなかったが……それでも、オメガの父は気付いて優しく声をかけてくれたよ」 「そう、なんだ」  心を閉ざしていたってなんでだ、とは思ったものの、あまりローレンスの心に土足で踏み入るようなことはしたくなくて、聞けなかった。いつか、ローレンスのことを好きになれたら、その時は昔話として詳しく聞きたいな。 「ところで、サマンサさんはどのくらい滞在するんだ?」 「一週間くらいで予定を組んでいるらしい」 「そっか。楽しんでいってくれたらいいな」 「そうだな」  そんなやりとりを交わした後はいつものように、遅めの夕食を食べて、シャワーを浴びて。広間でローレンスとお喋りしてから、自室で就寝。  翌朝、身支度を整えて一階の食堂に下りると、そこにはすでにローレンスの姿があり、台所にはオリビアさんとサマンサさんの姿もあった。 「おはよう、リアム」 「ローレンス、おはよう。二人もおはようございます」  オリビアさんたちにも挨拶をすると、二人ともにこやかに「「おはようございます、リアム様」」と挨拶が返ってきた。  サマンサさんはリゾットが盛られた器を運んできた。 「リアム様もお席にどうぞ。今日は私が朝食を作ったんですよ」 「そう、なんですか。ありがとうございます」  今日はサマンサさんが作ってくれたのか。うまそう、だな。  俺とローレンスは朝食を食べ始めた。熱々のリゾットは塩加減が絶妙で、うまい。ローレンスも一口食べて「うまいな」と感想をこぼした。  俺は胸の辺りがもやっとした。いや、おいしいのは事実なんだけど……サマンサさんの手料理を食べてうまいと褒める。それがなんだかもやもやしてしまう。俺だって、作ろうと思えば作れるよ。使用人のみんなの仕事を奪うわけにいかないからやらないだけで。  とはいえ、オリビアさんたち使用人相手には、こんな風に感じないのに。なんでだろう。 「本当に上達したな、サマンサ。昔は塩と砂糖を間違えるくらいだったのに」 「ちょっと、そんな昔のことを持ち出さないでよ。だいたい、そのおかげで心を閉ざしていたあんたが笑えたんじゃない。感謝しなさいよね」 「あんなベタな間違いをされたら誰だって笑う。舌がおかしくなったのかと思った」  俺はつい「え?」と言いそうになった。心を閉ざしていたローレンスを笑わせた? それって、昨日ローレンスが話してくれた子供の頃のこと?  ……サマンサさんは、ローレンスは心を閉ざしていた理由を知っているのか?  考えてみたら、二人は幼馴染なんだから。そりゃあ心を閉ざしていたという時期のことも知っているだろうし、その理由だって話してもらえたのかもしれない。  頭では冷静にそう思うけど、なんだか胸の辺りがまたもやっとした。心を閉ざしていたというローレンスを笑わせて、心を開かせたのもサマンサさんなんじゃないか、と思うと、なんとなく……複雑だ。感謝すべきことなんだろう、けど。  俺は浮かない表情をしていたんだろう。サマンサさんは不安そうに聞いてきた。 「あの、リアム様。もしかして、お口に合いませんでしたか」 「い、いえ。とてもおいしいですよ。ただ、せっかく王都見物にきたのに、仕事をさせてしまって申し訳ないな、と思いまして」 「お気になさらないで下さい。タダでこちらに宿泊させてもらえるんですから、このくらいのことはしなくては」  親しき中にも礼儀あり、ってやつか。いい子だな、サマンサさん。それだけにこの感情の持っていき場が分からなくて困る、というのもあるけど。  だけど、表面上は普段通りに振る舞って俺は食事を終えた。同時に食事を終えたローレンスを見送りに玄関先まで行く。 「では、行ってくる」 「うん。いってらっしゃい」  いつもならハグをしてくれるところだ。ところが、どうしてだろう。今日はハグをしてこず、そのまま出勤してしまった。  え、俺、ローレンスに何かしたか?  戸惑う俺の背後で、オリビアさんが可笑しそうに笑った。 「ふふ、旦那様はサマンサの前では気恥ずかしくてハグできないようですね」  サマンサさんの前では気恥ずかしい? なんで?  と、思ったのも一瞬のこと。それもそうか。幼馴染ってことは家族の前でイチャつくようなものなんだから、そりゃあ気恥ずかしいよな。俺がローレンスの立場でもそう思うよ。  背後にいるサマンサさんから不思議そうな声が上がった。 「オリビアさん、ハグって?」 「旦那様は出勤される前に必ずリアム様とハグされるのよ。でも、あなたが見ている前では気恥ずかしくてできなかった、ということ」 「ふーん……」  オリビアさんはぽんと手を叩いた。 「さて。私は食料の買い出しに行ってくるから。サマンサ、あなたは食器の後片付けをお願いね。それではリアム様、ちょっと買い物に出かけてきます」 「あ、荷物持ちしますよ」 「いえ、少し買い足すだけですから大丈夫です。リアム様は家でゆっくりお過ごし下さい」  そう言って、オリビアさんもいそいそと家から出て行った。サマンサさんと二人取り残されたわけだけど、二人だけで雑談するほど仲良くはない。俺は「じゃあ、俺は二階の自室にいますね」と声をかけて、二階へ行こうとした時だった。 「待って下さい、リアム様。少し私のお話に付き合っていただけませんか」  サマンサさんに引き止められて振り向くと、サマンサさんは真剣な表情をしていて、俺は息を呑んだ。サマンサさんが俺に話。なんとなく……俺とお義父さんの話を立ち聞きした件についてなんじゃないか、って直感で思った。 「……お話とは、なんでしょう」 「単刀直入に言います。――ローレンスと離縁していただけませんか」

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