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第24話 サマンサの来訪3

 そんなわけで、俺たち三人で王都の街を散策することになった。といっても、この五日間で王都の観光名所は、オリビアさんとあらかた行きつくしたサマンサさんだ。今日は主にギルモア地方伯爵邸のみなさんへのお土産を買って回ることになった。  サマンサさんって気が利く人だ。全員に同じ物を買うんじゃなくて、一人一人に好みのお土産を選んでいる。サービス精神がある人なんだろうな。  色んなお土産店を歩き回っていたら、あっという間に午前中は終わった。昼食にはパスタを食べて、またお土産店巡りを再開。買い物が終わる頃には、日が傾き始めていた。 「ふぅ、みんなの分を買えてよかった」  サマンサさんは満足げだ。俺は「よかったですね」と相槌を打ったけど、ローレンスはどっと疲れた顔で、「全員同じ物にすればよかったのに」と珍しく愚痴をこぼした。  だけど、サマンサさんは涼しげな表情だ。 「どうせなら、みんなにそれぞれ喜ぶ物をあげたいじゃない。せっかく、お店がたくさんある王都に遊びにきたことだし」 「付き合わされたこっちの身にもなれ」 「あら。王立騎士様がこのくらいで疲れたとでも言うの?」 「精神的な話だ」  小気味いいやりとりをする二人だ。サマンサさん、ローレンスと二人じゃ話が盛り上がらないなんて言っていたけど、普通に仲いいじゃん。むしろ、俺がなかなか会話に入っていけないんだけど。 「リアムは大丈夫か? 疲れていないか」 「俺は楽しかったよ。色んな商品を見て回れて」  確かにちょっと疲れたことは否定できないけども。  サマンサさんは、我が意を得たりと言わんばかりに「ほら、文句言うのはあんただけよ」とローレンスを横目で見た。 「まっ、いいわ。そろそろ、家に帰りましょう。付き合ってくれたお礼に、おいしい夕食を用意するから」  俺、ローレンス、サマンサさん。横並びになって道を歩く。大通りだから、馬車が行き交えるほど道は幅広い。  そんな幅広い道を、幼い子供がはしゃいで横切っていった。  俺はつい頬が緩んだ。子供は元気だなぁ。微笑ましい。  ……と、思っていたら。その幼い子供は道のど真ん中で転んでしまい、その場に蹲ってわんわんと大泣きし始めた。  ありゃりゃ。近くに両親はいないのかな。ちょっと、声をかけてこようかな。  その時だった。地面が揺れた。ガタゴトと馬車が走ってきて、御者はよそ見をしていたのかもしれない。目の前に迫る幼い子供に遅れて気付いて、慌てて手綱を引いたけど――遅かった。とてもじゃないが、停止するのが間に合わない。  恐怖でその場から動けずにいる幼い子供の下へ、ローレンスが素早く走った。目前に馬車が迫っているのにも関わらず、幼い子供を助けようとしたんだ。  俺は反射的に悲鳴じみた声を上げそうになった。 「ロ――」 「ローレンス!」  俺の声を遮って大声で叫び、ローレンスの後を追うように飛び込んでいく人物がいる。――サマンサさん、だ。  その数秒後に。  ヒヒーン、と馬のいななきがその場に響き渡った……。 「軽い脳震盪を起こしただけでしょう。じきに目を覚ましますよ。安静にしていれば、問題ありません」  街医者はそう言って、「では、失礼します」と客室を立ち去って行く。俺とローレンスは「「ありがとうございました、先生」」とお礼を言い、その背中を見送った。  俺は視線を寝台の上に戻した。気を失って寝台に横たわっているのは、サマンサさんだ。幼い子供を助けようとしたローレンスを、さらに庇うために迫りくる馬車の前に飛び込んだサマンサさんだけど、幸いにも馬車に轢かれずに済んだ。  というのも、後を追って飛び込んできたサマンサさんを、ローレンスは逆に庇い返して突き飛ばし、さらに自身も幼い子供を抱えて馬車を避ける、という驚異的な身体能力を発揮したんだ。周囲にいた街人からは拍手喝采だった。  とはいえ、サマンサさんは突き飛ばされた拍子に頭を地面に打って気絶してしまい、ローレンスが家の客室まで運んで現在に至る。 「サマンサさん……大丈夫、だよな?」 「街医者がそう言っているんだから大丈夫だろう」  ローレンスはそうは言うけど、その横顔は気遣わしげだ。やっぱり心配、だろうな。  俺たちはしばらく沈黙して、サマンサさんが目を覚ますのを待った。このまま目を覚まさなかったどうしよう、と不安に駆られたけど、街医者の言う通りだった。それから二時間ほど経ったら、サマンサさんは目を覚ました。 「サマンサ、大丈夫か」 「ローレンス……?」  頭を打った衝撃で記憶が飛んだのか、不思議そうな顔をするサマンサさんだったけど、すぐに何が自分の身に起きたのか思い出したようだ。眦をつり上げた。 「ちょっと、あんた。よくも容赦なく突き飛ばしてくれたわね」 「力加減できる余裕はなかった。だいたい、助けられて言う言葉がそれか。まったく、お前は無茶をする」 「……だって」 「もっと俺を信用しろ。あれくらいの距離の馬車を避けられないはずがないだろう」 「……余計なことをして悪かったわよ」  サマンサさんはバツが悪そうな顔で謝罪しつつ、「あー、それにしても誰かさんのせいで全身が痛いわぁ」とわざとらしく顔を歪めてみせた。 「私にも謝罪がほしいわね」 「……それはすまなかったと思うが。だが、元はと言えば、お前が――」 「男が小さなことにこだわらない!」  声を立てて笑うサマンサさんは、本当に元気そうだ。よかったと安堵しつつも、俺はその場から逃げるようにそっと客室を出た。

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