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第26話 サマンサの来訪5
「ま、待って下さい! それでは納得できません!」
俺は昨日、ローレンスを庇おうと動けなかったんだぞ。ローレンスにふさわしい伴侶のはずがないじゃないか。
サマンサさんは足を止めて振り返った。
「納得できない、とおっしゃいますと?」
「私は……サマンサさんのようにローレンス様を庇おうとできなかった。そんな私がローレンス様にふさわしいはずがないでしょう!?」
「その件は確かにプラスには評価できませんが、かといって大きく減点するものでもありません」
「どうしてですか!」
「あなたはこれからローレンスのことを好きになっていくんでしょう? まだ気持ちがないのですから、動けなくてもおかしいとは思いません」
「………」
「ご納得いただけたようなら、私はこれで。……あ、それともう一つ」
サマンサさんは思い出したように付け加えた。
「余計なお節介かもしれませんが、ローレンスについてお話が。家督を継ぐ立場でないのはお分かりいただけていると思うので、まさか財産目当てではないでしょうが……ローレンスはギルモア地方伯爵家の子供ではありませんので」
「え?」
「子供の頃にギルモア地方伯爵邸の前に倒れていたところを、旦那様たちが保護してそのまま養子として迎え入れたんです。表向きは旦那様の愛人の子ということにして」
「……では、ローレンス様は平民、ということですか」
「分かりません。行き倒れる前のことは一切話しませんので。旦那様たちなら何か知っているかもしれませんが。心を閉ざしていたという話も、養子として引き取られた直後のことです。あなたには、もしかしたらそういった過去について話す日がくるかもしれません」
「………」
「長々と失礼しました。ローレンスのことをどうかよろしくお願いします。それでは」
部屋から颯爽と立ち去っていくサマンサさん。俺はしばらく茫然としてその場に突っ立っていたけど、サマンサさんを見送らなきゃ、と慌てて後を追った。
でも、外に出た時にはもう馬車は出発していて。小さくなっていく馬車を、俺は家の前から黙って見送るしかなかった。
人として十分及第点だから、って……それであっさり俺を認めるのかよ。俺のどこがローレンスにふさわしいんだよ。
身を引こうとしていた決意が行き場をなくしてしまい、俺はどうしたらいいのかわからなくなった。
「そうか。サマンサは帰ったのか」
「……うん。ローレンスにはよろしく伝えておいてくれって」
その日の夜。ボランティアからの帰り道のこと。いつものように迎えにきてくれたローレンスと、俺は夜道を歩いているところだ。
「それで……サマンサからは何を言われていたんだ」
「え、あ、ええと……俺がローレンスにふさわしいかどうかを見極める、みたいな。そのために王都にきたって。結局は認めてもらえたみたい、なんだけど」
「そうだったのか……不快な思いをさせてしまってすまないな。まったく、あいつもお節介な奴だ」
「……ローレンスのことをそれだけ大切に思っているんだよ」
そう、俺なんかよりもずっと。
浮かない表情の俺を見て、ローレンスは足を止めた。
「昨夜も言ったが、俺が好きなのはあなただ。あなたに俺の隣にいてほしい。ふさわしいかどうかなんて、あなたが気にする必要はない」
「……うん」
そう頷いたものの。それから……俺の気分が晴れることはなかった。理由は自分でも分かってる。馬車の一件が俺の中で尾を引いているんだ。
それに、ローレンスがギルモア地方伯爵家の子供ではないとか、養子として迎え入れられた直後は心を閉ざしていたとか、という話も。サマンサさんはよかれと思って俺に話してくれたんだろうけど、俺は……そういった話はローレンスの口から聞きたかった。
ローレンスを庇おうとしたサマンサさんと、何もできなかった俺。
ローレンスのことをたくさん知っているサマンサさんと、何も知らない俺。
なんかもう……サマンサさんには敵わないな、って。いや、サマンサさんは別にローレンスのことを、恋愛対象とは見ていないんだろうけどさ。
『ローレンスは私の大切な幼馴染なんです。ローレンスには幸せになってもらいたい』
俺にローレンスを幸せにすることができるのかな。
そんな自問を繰り返し、過ぎること半月。
「先生、最近なんだか元気なくない? 何かあったのか?」
ボランティア先の学童保育所でそう声をかけてきたのは、テディ君だ。ちなみにテディ君はあれからたまにお父さんから勉強を教わるようになったらしい。テディ君の思いがちゃんとお父さんに伝わったみたいでよかったよ。
俺は曖昧に笑った。
「いや、なんでもないよ。ちょっと疲れてるのかもね。あはは」
「ふーん、そっか。あんまり無理するなよ」
「ありがとう、テディ君」
テディ君が立ち去っていくと、今度は他の女子たちが俺の周りに集まってきた。んん? なんだ? 勉強で分からないところでもあったのかな。
「みんな、どうしたの?」
「あのね、先生。これ、あげる」
代表者の女子が差し出してきたのは、ヒースの花の花冠だった。茎の部分がきっちりと編み込まれていて、しっかりとした作りだ。
「え、先生にくれるの?」
「うん。だって……最近の先生、なんだか元気がないから。少しでも元気を出してもらえたらいいなって」
「……ありがとう」
俺は優しく微笑み、花冠を受け取った。紫色の花がすごく綺麗だ。せっかくなのでかぶってみると、不思議と心がぽかぽかと温かくなる。
「大事にするよ。みんな、本当にありがとう」
ちょっとは元気に笑えていたのかな。女子たちは満足げな顔をして去って行った。
本当にいい子たちだな、みんな。俺は……子供たちに心配かけて何をしているんだろう。いい大人なのに。
そしてその日のボランティアからの帰り道でも、いつまでも元気のない俺を見かねたローレンスが、気遣わしげな顔をしていた。
「リアム……ここのところ、元気がないが。もしや、まだ馬車の一件を気にしているのか」
図星だけど、それだけのことでもないので、俺は押し黙る他なく。
沈黙を是と捉えたローレンスは、諭すように続けた。
「俺は無事だったんだ。そう気に病むな。それにもう過ぎたことだ」
もう過ぎたこと、か。確かに馬車の一件は……そうだよな。
開き直るわけじゃないけど、いつまでもくよくよしていても仕方ない。ローレンスにも、子供たちにも、これ以上心配をかけたくない。
サマンサさんへの劣等感も含めて、少しずつでも吹っ切っていかないと、な……。
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