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第27話 義父との再会1

 それからまた穏やかな日常に戻ったはず……だったんだけど。 「旦那様。サマンサからお手紙が届いておりますよ」  サマンサさんの来訪から早二ヶ月半。もうじき冬を迎えようという頃、俺と朝食を食べるローレンスに、オリビアさんがサマンサさんからの手紙を手渡してきた。  サマンサさん。その名前を耳にして自分でも胸がざわつくのが分かる。  サマンサさんからの手紙、か。どうせ、また受け取ってすぐに読むんだろ。俺と一緒にいる時でもさ。……ああ、やっぱり。  ローレンスは食事をする手を止めて、オリビアさんから受け取った手紙の封を破いた。そのまま読もうとするローレンスに、俺はぽつりとこぼしていた。 「……手紙」 「ん?」 「すぐに読むんだな。サマンサさんからの手紙は」  あの人は、俺たちの関係を引き裂こうとしていた人なのに。そりゃあ、サマンサさんからしたらローレンスのためを思ってのことだし、ローレンスは俺が離縁を迫られていたとまではそもそも知らないんだから、そこまで悪感情を持つわけがないのは分かってはいるんだけど。  でもなんか、俺よりサマンサさんを優先させているみたいで、胸の辺りがもやっとする。  ローレンスはマナーが悪いと指摘されたと思ったみたいだ。「すまない、そうだな。食事の最中なのに」と詫びて、手紙をテーブルの端に寄せた。  そうして俺との朝食を再開させたわけだけど、これで満足……なわけがない。むしろ、自己嫌悪だ。何を俺はこんなにピリついているんだろう。たかが、手紙一つで。  朝食を終えた後は、出勤するローレンスを「いってらっしゃい」と一応は見送りに出たものの、すぐに踵を返していつものローレンスとのハグはやんわりと拒否した。なんとなく、スキンシップをとりたくなかったんだ。  結局、サマンサさんからの手紙には、一週間の滞在のお礼と、俺に上から目線で物申したことの非礼に対する謝罪が書かれてあった、とその日の夜にローレンスから聞いた。別にサマンサさんに怒っているわけじゃないから、謝罪されてもな、というのが正直なところ。 「……そう。じゃあ俺、寝るから。おやすみ」  いつものまったりと過ごす時間さえも拒絶して、俺は二階の自室に引っ込んだ。  寝台に寝転がりながら、俺はただただ自己嫌悪だ。こんなに不機嫌を撒き散らして、俺は何をやっているんだ。いい大人なんだから、自分の機嫌は自分でとらなきゃダメだろ。こんなんじゃ、ローレンスに愛想尽かされちゃうよ。  頭では分かっていても、感情のコントロールが上手くできなかった。それから毎朝のハグを拒否し続け、夜にローレンスと二人で過ごす時間もほとんど持たなくなった。  そんな俺の豹変にローレンスは困惑したようだった。 「ノゾム……俺はあなたに何か怒らせるようなことをしてしまったんだろうか」 「……別に何もしてないよ」 「だが、最近様子が……」 「しばらく放っておいて」  なんだか、俺はローレンスを振り回してばかりだ。理由も言わないんじゃ、ローレンスも対応に困るだろうし、不安だろう。それでも、このとりとめのない感情は俺にもよく分からなくて、説明しようもなかった。  距離を置けば時間が解決してくれるかと思ったけど……俺の心境は変わらないまま、時が過ぎていく。あっという間に冬を迎え、とうとう国王陛下の生誕祭の日になった。  ローレンスは国王陛下の側近騎士として付き従うから、今年も俺は実質一人で参加だ。 「お義父様。ご無沙汰しています」  パーティー会場でお義父さんの姿を見つけて、俺は努めて笑顔で声をかけた。お義父さんは相変わらず厳めしい顔で振り向く。 「お前か。久しぶりだな」 「はい。その後はお変わりありませんか」 「ああ。お前たちも達者で暮らしているようだな。……サマンサがいらぬお節介を焼いてしまったようだが。迷惑をかけた。すまないな」 「いえ……サマンサさんのお気持ちも理解できますから」  俺は至って普通に応対したつもりだ。だけど、鋭い観察眼を持つお義父さんには、俺の様子がおかしいことに気付いたのかな。唐突に言った。 「お前、明日の昼は暇か?」 「え? ええ、空いていますけど」 「なら、明日の昼、少し年寄りに付き合え」 「分かりました」  ということで、明日の昼はお義父さんと外出することになった。きっと、どこかのお店で昼食を食べながら話をしよう、ということだろう。  待ち合わせ場所は、中央広場の噴水の前に決まった。その後は一旦別れて、国王陛下の生誕祭を楽しんだ。俺の場合は豪華な料理を腹いっぱい食べることに、だけど。  挨拶回りにきた国王陛下とも少し雑談を交わした。正婿殿下のお腹に宿る赤ちゃんは、順調に成長しているそうだ。性別はまだ分からない。だけど、BL小説の通りなら、次期国王となる男児だろう。元気に生まれてくれるといいな。  国王陛下に付き従うローレンスとは……一言も喋らなかった。そのことに国王陛下は不思議そうだったけど、公私を分けているのだと解釈したんだろう。特に触れてはこず。  そうして、今年の国王陛下の生誕祭は、何事もなく終わった。

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