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第28話 義父との再会2
「じゃあ、行ってきます」
「はい。いってらっしゃいませ」
翌日の昼前。俺はオリビアさんに見送られて家を出た。向かう先はもちろん、お義父さんと待ち合わせの約束をした中央広場だ。
道は雪が積もっていて白い。それもつるつるに凍っているから、うっかり気を抜くと滑って転んでしまいそうだ。前世の俺はあまり雪が積もらない都会育ちだから、雪道には慣れない。
そんな中でも、すれ違う子供たちは、スケートをするようにあえて滑り歩き、きゃっきゃっと笑っている。子供って本当に元気だよ。喜ばしいことだけど。
対して俺は、慎重に雪道を歩いて、なんとか中央広場に辿り着いた。すると、思っていた以上に時間がかかってしまっていたみたいだ。待ち合わせ時刻を少し過ぎていた。噴水の前にはすでにお義父さんの姿があって、俺は慌てて駆け寄った。
「遅れてすみま……わっ!」
無理をするものじゃないな。俺は見事に滑って転んだ。
尻餅をついた俺に、お義父さんが手を差し伸べてくれた。その表情は、僅かながら微笑ましそうだ。うう、大人としては恥ずかしい。
「大丈夫か」
「は、はい。ありがとうございます。それよりも、お待たせしてすみません」
「私もついさきほど着いたところだ。気にするな。では、行こうか」
さっさと歩き出したお義父さんだけど、後を必死に追う俺に気付いて、俺が雪道を苦手なことを察したんだろう。途中からは歩調をゆっくりとしたものに変えてくれた。ありがとうございます、お義父さん。
「お義父様はいつ、王都を発たれるんですか」
「明日の朝には出発する予定だ」
「それでしたら、お帰りの際は是非ウチにお立ち寄り下さい。明日、ローレンスさんは休日ですので。お顔を見てから帰られてはどうでしょう」
「ふむ。考えておこう」
そんなやりとりをしながら、お義父さんが向かった先は――。
「え……こ、ここに入るんですか?」
目の前のお店を見て、俺は呆気に取られてしまった。それもそのはず。そのお店の外観はほとんどがガラスという造りで店内が丸見えなんだけど、客の大半が若い女性だったんだ。それも女性客たちが食べているのは、パンケーキ。男だけで入店するのはちょっと勇気がいる。
「サマンサから是非食べてみて下さいとおすすめされてな。興味がわいた。入るぞ」
「う……は、はい」
マ、マジでこのお店に入るのか。ハードルが高いんだが。
それでも、お義父さん一人で行かせるわけにいかない。渋々と入店すると、これまた若い女性の店員たちが「いらっしゃいませ」とにこやかに出迎えてくれた。
さすがは接客業のプロ。多分、変な組み合わせの男性客がきた、と思われているんだろうけど、それを全く顔に出さない。
女性客たちからは好奇の目を向けられつつ、案内された席について、俺たちはそれぞれパンケーキと紅茶を注文した。すると、紅茶の方はすぐに運ばれてきたので、俺は一口飲んだ。ふぅ、凍えていた体が温まるなぁ。
ほっと息をついた俺に、お義父さんも紅茶を一口飲んでから、話を切り出した。
「サマンサのことで悩みがあるようだが。私でよければ、話を聞くぞ」
「え?」
なんで、サマンサさんのことで、って分かるんだ。昨夜、俺の様子がおかしいことを見抜かれたとは思っていたけど、それは予想外だった。
「昨夜の生誕祭で、サマンサの名前が出た時に、僅かだがお前の表情が曇った。あの子がいらぬお節介を焼いた件で、何か思い悩んでいるんだろう」
「……いえ、あの」
「ウチのメイドがかけた迷惑だ。主人として責任を取りたい。それに年の功と言うだろう。少しはためになる助言をできるかもしれん」
「………」
俺は視線を落とした。ティーカップの中の紅茶を黙って見つめる。
正直に相談すべきか、なんでもないと貫くべきか。迷ったけど……俺もこのまま一人で抱え込んでいても、悩みは解決しないだろうとは薄々思っていて。心のどこかで誰かに相談したいという気持ちもあって、ぽつぽつと悩みを打ち明けた。大まかに言えば、サマンサさんに劣等感を抱いて困っている、という話をした。
お義父さんは黙って耳を傾けてくれていた。
「……馬車の一件は愚息から手紙で聞いている。想定外の事態に体が動かない、というのは誰にでもあることだ。行動できなかったからといって、お前が愚息のことを大切に想っていないだとか、サマンサに想いの強さで負けているとか、そういうことにはならない」
「……ですが」
「サマンサの方が愚息のことを知っているというのも、幼馴染だからだ。それに肝心のことを忘れているぞ。確かに愚息の過去はサマンサの方が詳しいかもしれないが、愚息と結婚してからのことはお前の方が愚息について詳しい。何よりも、知らないのであれば、これから知っていけばいいだけのことだ」
「………」
「今のお前は少し、自分の心に気が向きすぎているな。自分のことよりも相手を幸せにしたいという思いがなければ、恋愛は長続きせんよ」
再び紅茶を飲むお義父さん。
相手を幸せにしたいという思い、か。確かに今の俺は自分のことばかりで、ローレンスのことを全然慮れていない。
「……ですが、私には、ローレンスさんを幸せにできる気がしないんです」
「ほう。何故そう思う」
「私は……ローレンスさんを振り回してばかりです。傷付けて、不安にさせて、困らせて。ここ最近も、サマンサさんのことで冷たくしてしまっていて……だから、もう」
「離縁した方がいい、か?」
「ローレンスさんには、他にもっと素敵な伴侶が見つかると思います……」
ついつい本音を話しすぎてしまった。離縁した方がいいんじゃないか、だなんて……義父に相談することじゃないだろ。どんな言葉が返ってくるんだろう。
俺は黙ってお義父さんの反応を待った。
「自分なら相手を幸せにできる、と自信満々な者の方が少数だ。それに幸せかどうかは結局、本人が決めることでもある。とはいえ、今のお前は自信を失いすぎているようだ。それも馬車の一件がやはりまだ尾を引いているからなんだろう」
「………」
「離縁する、しないはお前の自由だが、もう少し目の前の壁を乗り越えられるように努力してからでも遅くはないんじゃないか。私からはそれしか言えんな」
「……はい。ありがとうございます」
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