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第29話 義父との再会3

「――お待たせしました」  ようやく、パンケーキが運ばれてきた。前世で俺が作っていた平たいホットケーキとは全然違う、ふわふわのパンケーキだ。イチゴジャムとイチゴがトッピングされている。 「おいしそうだな。いただこう」 「そうですね」  一口食べてみると、これが想像以上にうまかった。イチゴジャムの酸味とパンケーキの生地の甘味が絶妙にマッチしていて、食感も食べたことのない軽くふわふわとした感じ。お店が賑わっている理由がよく分かる。  これなら男だって楽しめるよ。ローレンスにも教えてあげたい。  ……と、思ったけど。よくよく思い出すと、このお店もサマンサさんの紹介なんだよな。そう思うと、一緒に食べにこようという気持ちにはなれなかった。これがオリビアさんたちからの紹介だったら、きっと何も思わないだろうに。本当になんでだろう。 「どうした。また浮かない顔をして」 「あ、いえ……その、私はどうしてサマンサさんにだけ、こんなに劣等感を感じるのかな、と」 「好いた相手と同年代の者に嫉妬するのは、特に珍しくはないと思うが」 「……え?」  好いた相手? え、ローレンスのこと?  俺……ローレンスのことが好きになっている、のか?  ぽかんとする俺を見て、お義父さんも呆気に取られた顔をした。 「お前……まさか、気付いていなかったのか」 「い、いや、だって……」  そりゃあ、ローレンスのことは好きだよ。でも、それが恋愛感情かどうかは、俺にはよく分からない。  いつからだ。いつから、俺はローレンスのことを好きになっていたんだ。 「……気付かぬうちに育まれる恋心、か。近くにいるのが当たり前の状態だと、見えなくなるものも確かにあるな」 「あ、あの、待って下さい。私、本当に――」  ローレンスのことが好きになっているのか。そう聞こうとして、だけどそれを遮るようにお店の出入り口の方から「きゃああああ!」と女性客の悲鳴が上がった。  な、なんだ? 虫でも出たのか?  そんな頓珍漢なことを思って顔を向けると、女性客たちが続々と店内奥であるこっち側に押し寄せてきた。女性客たちの表情は、恐怖と驚きといったところだ。  空席ばかりになったお店の出入り口には、二人の覆面を被った男性が立っていた。その手にはなんとナイフが握られていて、俺はぎょっとした。  なんなんだ、こいつら。  じっと観察すると、覆面を被った男性たちのポケットからきらりと光る宝石が見えた。怪しげな格好から推察するに、もしかして宝石強盗犯か? 「静かにしろ!」  覆面を被った男性の一人がそう声を張り上げる。悲鳴を上げていた女性客たちは、ぴたっと騒ぐ声を止めた。  静かになった店内で、覆面を被った男性の一人が俺を見た。 「おい、そこの金髪の男! こっちにこい!」  え!? 俺!?  嫌な予感に襲われつつも、命令におとなしく従うと……うわっ、やっぱり。案の定、俺は首元にナイフを向けられて、直接的な人質状態になってしまった。  なんで俺!? いや、他の客を人質に取られても困るけど、でもやっぱりなんで俺!? 不運にもほどがある。  ちらりとガラス越しに外を見ると、何人かの警吏騎士の姿が見えた。多分、宝石強盗をして逃げようとしたら警吏騎士たちに捕まりそうになって、このお店に逃げ込んだんだろう。立てこもり、つまりは悪あがきだ。  とはいえ、直接的な人質状態の俺にとっては、生命の危機。いつ、こいつらの気まぐれで殺されてもおかしくない。  肌に触れてしまいそうなほど間近にあるナイフの切っ先に、俺の体は強張った。首なんて、太い血管をちょっと掠っただけでも失血死しかねないよ。警吏騎士たちの対応次第で、俺の生死が決まるといっても過言じゃないだろう。  ここで死ぬかもしれない。そう思ったら、頭に浮かんだのはローレンスの顔だった。  こんなことになるのなら、今朝ハグしておくんだった。もっと、一緒に過ごしていればよかった。最近、くだらないことで避けていたことが心底悔やまれる。  せめて最期に……一目、会いたかった、な。 「おい。不審者ども」  重々しい声が、静寂に響いた。覆面を被った男性が振り向くのと同時に、俺も体を振り向かせられたので、声の主が誰か分かった。お義父さん、だ。 「なんだ、じじい」 「どうせ人質にするなら、若造よりもこの年寄りにしておけ。私はこれでもギルモア地方伯爵だ。人質として価値があるだろう」 「……ほう。いいだろう。じじい、こっちにこい」  お義父さんがゆっくりと歩いてきた。お義父さんと引き換えに、用済みとなった俺は突き飛ばされてよろめいた。乱暴だな、もう。  いや、それよりもお義父さんだ。今度はお義父さんが俺の身代わりで、直接的な人質になってしまった。ど、どうしよう。 「さっさと奥へ引っ込め!」 「……はい」  助けようにも、俺には武器はもちろん武術の心得なんてない。貴族といったら、剣術を習うのが一般的だけど、『リアム・アーノルド』は剣の腕はからきしだ。前世日本人の俺にも、その手の格闘術は使えない。  覆面を被った男性はお義父さんを盾にして、お店の出入り口に立った。警吏騎士たちに向かって大声で叫ぶ。 「ギルモア地方伯爵の命が惜しければ、逃走用の馬車を用意しろ! 十五分だけ待つ! 用意しなければ、ギルモア地方伯爵はもちろん、店内の客どもも皆殺しだ!」  皆殺し、という言葉に女性客たちから「ひ…っ……!」と引き攣った声がいくつも上がる。もちろん、俺も背中に嫌な汗を掻いた。  い、いや、落ち着け、俺。人質を皆殺しにしてしまったら、あいつらはもう捕まるしかなくなるんだからそれはしないはず。ただ……何人かの死人が出る可能性は否定できない。運が悪かったら、その何人かの死人に俺が加わってしまうかも。  ローレンス……俺、ここで死ぬかもしれないよ。  俺が死んだら、ローレンスはどんな顔をするんだろう。悲しんでくれるのかな。最期の最期まで振り回してばかりで……ごめん。ごめんな。

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