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第30話 義父との再会4

 それからほどなくして、逃走用の馬車がお店の前に停まった。覆面を被った男性たちの片方が御者台に乗り、もう片方はお義父さんを馬車の中に突き飛ばして自身も乗り込んだ。  馬のいななきが響き、馬車はお店の前からゆっくりと動き出す。犯人たちが去ったことに女性客たちはほっとした様子だったけど……俺は顔を青ざめさせていた。  だってさ、あいつらが無事に逃走できたら、その時は。どう考えても、お義父さんは用済みになって殺されるに決まってるじゃん……!  俺は反射的にお店から飛び出し、遠ざかっていく馬車に向かって叫んでいた。 「お義父様――っっ!」  誰か、誰か。  頼む。お義父さんを助けてくれ――。  他力本願なのが情けないけど、そう強く思った時。願いが天に通じたかのように、馬車が急停止した。  俺の位置からは何が起こったのかさっぱり分からなかった。でもまず、御者台から地面にどさっと覆面を被った男性が倒れ落ちた。次いで、馬車の扉が開いたかと思うと、これまた覆面を被った男性が地面にどさっと倒れ落ちる。  続いて、馬車の中からお義父さんが降りてきた。遠目で見た限りでは、怪我を負っている様子はない。馬車に同乗した覆面を被った男性を撃退したのは、お義父さんということだろう。  ――では、御者台の方の覆面を被った男性を撃退したのは。  気絶しているらしい覆面を被った男性たちを拘束する王立騎士の姿に、俺は咄嗟に名を呼びながら駆け寄っていた。 「ローレンス!」  そう、ローレンスだったんだ。どうして、王都の街にいるのか分からないけど、親子であいつらを成敗したということみたいだ。 「リアム。あなたも事件に巻き込まれていたのか」  俺の姿にローレンスは目を丸くしていた。今日、お義父さんと出かけることを伝えていなかったから、一緒にいたことに驚いているんだろう。 「そやつも一時的に直接的な人質にされていた。ナイフを突きつけられてさぞ怖かったことだろう。家まで送り届けてやれ」  そう口を挟んだのは、お義父さんだ。元気そうな様子に俺は涙腺が緩んだ。 「お義父様……ご無事でよかったです」 「ふん、貴族たるもの護身術の一つや二つ、身に付けておるものだ」  その後、ローレンスは拘束した覆面を被った男性たちの身柄を警吏騎士に引き渡してから、俺を家まで送り届けてくれた。お義父さんは警吏騎士たちの事情聴取を受けてから、宿泊している宿屋に戻った、と思われる。 「無事でよかった……」  二階の俺の自室で、ローレンスは俺を強く抱き締めた。俺はもう、それを拒んだりはしなかった。俺からもローレンスの背中に腕を回して抱き合う。 「まさか、あなたまで巻き込まれていたとは。怖かっただろう」 「……うん。少しだけ」 「怪我はないか」 「大丈夫だよ。すぐにお義父さんが身代わりになってくれたから」  それにしても、ローレンスはどうしてあの場に居合わせたんだろう。そのおかげであいつらを捕まえることができたんだから、よかったんだけども。 「ローレンスはどうしてあの場所に?」 「陛下からお使いを頼まれて移動中だったんだ。遠目に父上が馬車に突き飛ばされたのが見えて、父上になら片方は任せられると判断して俺も動いた」 「そうだったんだ」  親子の信頼関係か。お義父さんまで腕っぷしが強かったとは。もしかしたら、あいつらが逃亡に成功していたとしても、お義父さん一人で打ち負かすことができていたのかも。 「今日はもう休むといい。俺も仕事に戻らなければならないし」 「そうするよ。ありがとう」  寝台に横たわった俺の傍に、ローレンスは俺が眠るまで付き添ってくれた。俺を安心させるように手まで握ってくれて、その温もりと優しさに俺はなんだか泣きそうになった。  ここ最近はずっと避けていて、散々振り回しているのに、どうしてローレンスはこんなにも優しいんだろう。 『……気付かぬうちに育まれる恋心、か。近くにいるのが当たり前の状態だと、見えなくなるものも確かにあるな』  お義父さんの言葉がふと思い出される。  ああ、そうか。近くにいるのが当たり前だから、気付いていなかったんだ。いつの間にか、俺の中でローレンスの存在がこんなにも大きくなっていることに。今回の事件に巻き込まれてから、ローレンスの顔を見てどれだけほっとしたことか。  好きだ。すっごく好きだ。好きという気持ちが溢れて止まらない。  次に目を覚ましたら。  この気持ちをローレンスに伝えよう。  次に目を覚ますのは早くて夕食前、遅くとも夜だろうと思っていた。だから、その日の夜にローレンスに気持ちを伝えるつもりだった。  だけど、今回の事件では俺は思っていた以上に神経が摩耗していたみたいだ。目を覚ましたのは、なんと翌朝だった。それもいつもの起床時間より二時間以上遅くに。  俺は慌てて身支度を整えて、バタバタと階段を駆け下りた。ちょうど一階に下りたところで、家の掃除をしているオリビアさんと遭遇した。 「す、すみません! 寝坊しました!」 「おはようございます、リアム様。いえ、お気になさらず。昨日、あのようなことがあったのですから、仕方ありませんよ。今、朝食のご用意をしますね」  オリビアさんは優しく笑って、台所へ歩いて行った。  そんな慌ただしい俺の後ろから声をかけてきたのは、ローレンスだ。俺が騒がしく階段を駆け下りた音から、俺が目を覚ましたのだと気付いたらしい。 「リアム、おはよう。もう疲れは取れたのか」 「あ、おはよう、ローレンス。うん、もうすっかり元気だよ」  俺は平静を装いつつも、内心ではどきどきしていた。頬も赤らんでいたようだ。ローレンスは気遣わしげな顔をした。 「顔が赤いが、どうした。熱があるのでは」 「ち、違うよ! 大丈夫! 走ったから顔が熱いだけ!」 「そう、か。なら、いいが。ところで、リアム。父上から言伝を預かっている」 「え、お義父様から?」  あ、そういえば今日の朝に帰るって言っていたっけ。もう帰っちゃったんだ。助けてもらったのにろくにお礼を言えず、見送りさえもできなかったとか、申し訳ない。 「昨日は災難だったな、ゆっくり休め。それとよろしく伝えておいてくれ、と。それから」  ローレンスは胸ポケットから、小さく折りたたんだ紙を俺に差し出した。 「父上からあなた宛に預かった。もちろん、勝手に中は見ていないから」  俺は用紙を受け取って、気になったのでその場で開いた。すると、中には達筆な字でこう書かれていた。 『昨日、少し言葉足らずだった。壁を乗り越える努力というのは、一人でしろという意味ではない。愚息と二人で、という意味だ。そのためにお前たちは夫夫なんだろう』  ローレンスと二人で。  言われてみれば……俺たちは夫夫として再出発したはずなのに、俺は肝心なことはローレンスに話していなかった。とりとめのないことでも、上手く説明できなくても、一番に気持ちを打ち明けなきゃいけなかったのは、頼らなきゃいけなかったのは、夫であるローレンスじゃないのか?  お義父さんからの言葉を見て、俺はそのことにようやく気付いた。 「……なぁ、ローレンス」 「なんだ」 「朝食を食べたら、ローレンスの部屋に行ってもいいかな。話があるんだ」 「ん? ああ、分かった。待ってる」  ローレンスは不思議そうな顔をしたものの、同時に嬉しそうな顔もしていて。再び二階へと上がっていった。

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