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第0話 かつての自分へ(ローレンスSide)

「『リアム・アーノルド』を私に降婿、ですか?」 「ああ。引き受けてはもらえないか」  陛下からそう頼まれた時、最初は迷惑な話だと思った。一度娶ってしまった責任として、次の夫を用意するというのは側婿に対する優しさなんだろうが、押し付けられるこちらとしてはありがた迷惑でしかない。それも相手は、後宮の秩序を乱した問題児ときた。  結構です、と突っぱねたいところではあるが、陛下からの頼みを無下にできるわけもなく、俺ことローレンスは渋々と了承した。  面倒なことになってしまったと思ったものだが……よくよく考えると、そう悪い話でもないような気がしてきた。この国では結婚するのが当たり前で、男は結婚してこそ一人前という風潮さえあり、恋愛に興味のない俺は肩身が狭かったんだが……『リアム・アーノルド』と結婚したら、一人前の男という肩書きが手に入る。  さらに、俺は隣国ハヴィシオンの元第二王子という都合上、子孫を残すつもりがなかったので、それも陛下に頼まれて渋々と結婚した愛のない夫夫なら、性行為をせずに子供を設けなくともおかしいとは思われない。『リアム・アーノルド』だって、まさか幸せな結婚生活を送れるとは思っていないだろう。多分。  そんな打算から、俺は『リアム・アーノルド』との結婚生活を始めた。  ……だが、いざひと月も一緒に暮らしてみると、俺は『リアム・アーノルド』の人柄に困惑した。なにせ、陛下から伺っていた人物像とまるで違う。他の側婿たちに嫌がらせをしていたなんて、濡れ衣なんじゃないかと本気で思うくらいに。  それに何より――優雅な後宮生活から転落したというのに、毎日楽しそうで生き生きとしている。そのことが不思議でならなかった。  だからつい聞いてしまった。今の境遇はつらくはないのか、と。  虚勢を張っているだけなんじゃないかと思っていたが、『リアム・アーノルド』はにこりと笑ってこう答えた。 『私は今の生活が気に入っています。どんな境遇であろうと、前を向いてさえいたら、楽しく思えるものですよ』  ――どんな境遇でも、前を向いてさえいたら。  その言葉は、ハヴィシオンの元第二王子という過去を切り捨てたと思いながらも、心の奥底ではまだ尾を引いている俺の心に、深く響いた。  それからだ。なんとなく、『リアム・アーノルド』のことが気になり始めたのは。一匹狼キャラの俺が、用もなく話しかけるようになって、一緒にいる時間を増やすようになって。  そして、『リアム・アーノルド』がまだ陛下をお慕いしていると聞いた時、激しい嫉妬に駆られて強引に抱いてしまった。いつからか、明るく朗らかな人柄に惚れていたんだ。  それからは……色々あった。両想いになったと思いきや、嘘だったと知った時は自分でも驚くくらいに傷付いたが、それでも『リアム・アーノルド』と……いや、ノゾムと夫夫として再出発すると決めて。やがて、今度こそ両想いになって。  今はこうして……ハヴィシオン国王とその正婿として、穏やかな日常を送っている。 「ローレンス。今日は大収穫だよ。たくさん、サンドイッチを作れそうだ」 「そうか。食べるのが楽しみだな」  白銀宮にて、正婿になっても家庭菜園をしているノゾム。木で編んだ籠いっぱいに瑞々しい野菜たちを乗せて、楽しげに笑う姿が愛おしい。  ノゾムのことだからきっと、子供たちに勉強を教える仕事もまたやりたいと思っているんだろうな。さすがにそれは無理なので申し訳ないが……だが、俺たちの間に子供ができたら。そうしたら、我が子に好きなだけ勉強を教えてやってほしいと思う。  俺の、最初できっと最期の恋。どうか、死ぬまで俺の隣にいて笑っていてほしい。 「ノゾム」 「ん? 何?」 「愛しているよ」 「……俺も愛してる」  照れくさそうに言う姿も、可愛くて愛おしい。  誰かを愛し、愛されることが、こんなにも幸せなことだと思わなかった。流罪処分となった十歳の頃の自分に会えるのなら、教えてやりたい。  今は絶望していても、将来は愛する人と幸せになれるぞ、と。

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