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第72話 神々の微笑む庭
―――後宮の庭園を元気に走り回る子どもたちの声が響く。
ひとりはダークグレーの髪に紫色の瞳を持つ男の子、もうひとりは銀色の髪に赤い瞳を持つ女の子。ふたりは双子の皇子と皇女であった。
そんな二人はいつも一緒で、手をつなぎながらとてとてと二柱の男女に駆け寄る。
「ルーク、また買い食い?おかーさまに怒られるよ!」
「ん?何だリオンか。いーんだよ。ほら、半分やらねーぞ」
「やだよこせー」
「ったく、誰に似たんだか」
そんなふたりの様子を見て、美しい女性が微笑む。
「イリヤは何食べてるの?」
そんな美女のひざ元に駆け寄ったのは、銀髪の女の子だ。
「串焼きよ。ほら、ギナも一口食べて見なさいな」
「わーい」
“イリヤ”と呼ばれた美女は、串から具をひとつ外し、ギナと呼ばれた少女の口に運んだ。
「はむっ、んん、おいひぃ」
「俺ももらった。おいしーな。ギナ」
「うん」
そんな二人を和やかに見守っていたイリヤは、不意に顔をあげた。
「あらあら、あなたたちのお母さまが呼んでいるみたいね」
「おかーさま!」
「いたー!」
ふたりの子どもたちは、自身の母親の姿を見てとてとてと駆け寄る。ルークに一言二言声を掛けた後、子どもたちと共にその最愛の夫の元へと向かった。
「今日はかつ丼なのね、おいしそう。あなた、いつもそんな美味しそうなものを食べていたの?ずるいわ。ルーク」
「放っておけ。それに、お前もしれっと混じっているだろう」
「うふふ、実は私の分は大盛にしてもらえるようあなたの神子ちゃんに頼んでおいたのよ」
「んなっ、いつの間に。お前は」
「ふふふっ。そうだ、今度はラピスちゃんにもおすそ分けに行きましょうか」
庭先に神々の楽しそうな声が響く中、子どもたちの母親は夫に優しく微笑みかける。
「今日のお昼ご飯はかつ丼定食にしたんだよ、アイルたん」
母親は相変わらずお気に入りの愛称で夫を呼ぶ。
「ふふ、そうか。最近はティルの影響で、城内で丼ものが流行っているからな。ヒューイがまた目を光らせている」
「そんなこと言っても俺知ってるよ?ツェツィに丼もの作ってもらって、めっちゃ喜んでるって」
「ははっ、本人にティルが知ってると言うことを教えてやるか」
「そうだそうだ~!ってね。あはは」
「なぁに?またおかーさまとさいしょーの戦い?」
こてんと首を傾げたのは、彼ら夫夫の娘のギナだ。
「そうだよ。お母さまのお汁粉屋台の戦いは話したでしょ?」
「おでん屋台の戦いもきいたー」
と、続けて答えたのはその双子の弟のリオンである。
「あのね、ギナもおっきくなったら屋台やりたい!」
「うん、いいよ。ギナは聖女だし、リオンは聖者だからね。ふたりともおっきくなったら、屋台で一緒に炊き出しに行こうか」
「なら、俺も行こう」
妻と子どもたちの様子を見守っていた皇帝アイルが、そう告げれば子どもたちがぱあぁっと顔を輝かせた。
「おとーさまもくる?」
「わぁい」
「あぁ。だが食べ物の話をしていたら腹が減った。早くティルの愛妻料理が食べたい」
そう言うと、アイルはティルの腰に手を回しぴったりとくっつく。
「あ、おとーさまずるいー!そこはリオンの場所!」
「だめだ。ここはお父さま専用だから」
「あ、アイルたんったら。んもぅ」
子どもに全力で対抗心を剥き出しにする夫に苦笑しつつも、ティルはお昼ご飯の配膳を担当する侍従たちの姿を見つけ真っ先にかけていく仲の良い双子を見送る。
「俺たちも行こうか。アイルたん」
「あぁ、ティル」
グラディウス帝国の皇帝アイルの治世はとても平和で、国民が活気に満ちた生活を送ったと言う。そんな皇帝の伴侶は生涯に皇后ラティラひとりきりだった。皇帝アイルの皇后ラティラへの溺愛は国内外でも有名で、双子の皇子と皇女を設けてからもその夫夫仲は良好で、家族仲も国民から広く愛された。
なお、皇后ラティラについては数多くの伝説がある。聖者でもある皇后は、時に自ら剣を持ち戦い、帝国のために数多くの便利な食品や料理を広め、毎年避寒地に滞在すればその聖者の力で多くの人々を癒したと言う。更に交友関係も広く、彼を慕う女性たちの多くは、かつて妃候補として後宮にて生活し帝国内外で名を轟かせる活躍を見せているのだとか。
(完)
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