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第71話 太陽の女神と月の男神
―――カレイド王国。
聖女や聖者と呼ばれる聖魔法使いが多く誕生する国。
かつて聖者と聖女は婚約関係にあったが、聖者は邪な心を持つ毒婦にそそのかされ、未だ聖女として目覚めていなかったレガーロ公爵令嬢・ラピスに婚約破棄を突き付けた。
そんなラピスを支え、聖者を糾弾したのはカレイド王国の第2王子であった。そして、断罪された聖者は第1王子で王太子であった。
しかし、その失態により聖者は第1王子と王太子と言う肩書を失い、王位継承権は剥奪の上塔に幽閉されることになる。かつて聖女を騙り、聖者をかどわかした毒婦は修道院へと送られ、その父母は平民として在野に下った。
家主を失ったレガーロ公爵家は前当主の弟が継いだ。そしてレガーロ公爵令嬢・ラピスは新たな聖女として目覚め、王太子となった第2王子と婚約した。
しかしながら、聖者は正妃であった実母の手によって塔を抜け出し、第2王子と聖女の婚約披露パーティーの日に聖女に刃を向ける。
しかし第2王子によってそれは防がれ、聖者は今度こそ処刑された。聖者逃亡の原因を作った正妃は幽閉され、今度こそ第2王子と聖女は幸せを掴んだはずだった。
けれど、聖者を殺したことにより、その加護を与えた邪神が解放されてしまったことなど、この時は誰も知らなかった。
その後も、第2王子と聖女には数多くの困難が立ちはだかる。ジャラムキ王国の王子がラピスに迫り、そしてレガーロ公爵令息であり、ラピスの従兄の男もまたラピスを狙う。
その度に第2王子はその身を犠牲にしながらもラピスを守り続けた。
しかし、運命は彼らを翻弄する。第2王子の実母である側妃と第3王子の死、そしてグラディウス帝国の皇帝に拉致されたラピスは聖魔法目当てにその身を穢され、そして助けに来た第2王子もその餌食になる。しかしそれでもなお抵抗を諦めず、ラピスを取り戻した第2王子の元に、邪神に乗っ取られた皇帝が迫る。
聖女・ラピスと力を合わせ、邪神に乗っ取られた皇帝ごと倒した第2王子だが、彼ら2人を祖国で待っていたのは、残酷な事実だった。
国王である第2王子の父親が正妃によって毒殺され、そして正妃を処刑して第2王子は王として即位した。聖女は王妃となり、グラディウス帝国では皇室の親戚筋から幼帝が即位し、先々代皇妹派が推すお飾りの皇帝が即位した。
数々の絶望にさいなまれながらも、カレイド王国新王は聖女である王妃の支えと共に、棘の道を進むのだった。
―――
とある一つのあり得たかもしれない物語を閉じた女性は、金とも銅ともつかない髪に、金色の慈愛に満ちた瞳を細めた。
「あなたは、死ぬつもりだったのね」
「―――」
彼女の前に立つのは、闇に染まったような黒髪に紫色の瞳を持つ男だ。かつて淀んでいたその瞳は、今はすっきりとした澄んだ色をしていた。
「私たちは不死の存在。けれど、神すらも倒せる可能性を帯びた人間。そして、神の力をその身に宿した人間の身体を借りることで、あなたはこの世から消えてしまおうと思った」
「そうだな」
「この世界の人々は、私を女神として崇めてくれた。輝く陽の光の象徴の女神。太陽の女神。そして、そんな女神の加護を得た神子を聖女と呼んだ。その反面、対極にある闇に浮かぶ月の象徴である女神を祀る信徒たちは異教徒と呼ばれ迫害され、更には月の女神は異教の神・邪神と呼ばれた。でも、私たち二柱は、一柱だけでは生きられないの」
「どうだろうか。お前は既に、この世界を統べる女神だ」
「けれど、この世界から月がなくなったら、私は本当に一柱になってしまう。哀しい。苦しい。そんな負の感情が、私を邪神たらしめることになる」
「地上の人間どもが崇める限り、お前はずっと清い太陽の女神だ」
「どうかしら。あなたが選んだ神子たちは、聖者たちはみな、あなたに生きて欲しかったのよ。とても大切な存在だった。女神の姿を捨てたあと、その姿になっているとは思わなかったけど」
「元々俺たちに性別は存在しない」
「けれどその時捨てたものが、邪神の遺物として地上に残って、神の力を持つ人間が産まれた。そしてその力を使う代償を、あなたが選んだ聖者が癒した。これは、偶然かしら」
「さぁ」
「あの子の魂が、気に入ったのでしょう?本当は、あなたも救ってほしかった。後悔しているのでしょう。あの呪物を地上に放り出したこと。信徒たちが蹂躙され、聖魔力を持った神子たちだけが聖女と同じ女神の加護を持つ者として攫われ利用された。だからあなたは邪神と化した。けれどカレイド王国の代々の王はそれをうまく隠し、聖女と聖者を崇め大切にした。だからこそ、あの国には多くの聖者が産まれ、その聖者が私の神子である聖女を選んできた」
「何故、そんなことをした」
「神子は、神に似るものよ。気が合うの。あの国で産まれた聖者が、救いの手を差し伸べることを、望んでいたからあの子の魂を招いたのでしょう?それと同じ。あなたが私の半身として手を差し伸べてくれたから、私は地上を照らすことができる。私はこの永遠の中を一柱で生きていくことなんてできない。けれど死ぬこともできない。だから、失いたくない。それは、あなたが選んだ魂が証明してくれたのではなくて?お願い。私を一柱にしないで」
「太陽の女神イリヤ、いやイリヤクォーススーラギナ」
「月の男神ルーク、ルギウスルイツァリオン。この永遠の時の中を、共に在ると誓いし私の半身」
「一柱にはできない。神子は本当に、加護を与えし神に似るものだな」
「そうね」
「地上に来るか」
「あなたは、まだ地上にいる気なの?」
「地上は興味深い。旨いものがたくさんある」
「なら、私にも食べさせて」
「あぁ、そうだな」
女神イリヤは永遠の孤独の中から足を踏み出し、自身が守護する地上を度々散歩するようになったそうだが、それを知るものは神子たちのみだという。
「これからは、グラディウス帝国辺りにも聖女が産まれるんじゃないかしら」
「聖者が、選ぶからか」
「そうね。きっと聖者はあの子たちが招いてくれるから」
「ふん、そうだな」
二柱の神々は互いの半身に寄り添い神子たちを見守り続けた。そしていつしか地上の神殿には孤独な太陽の傍らに月のエンブレムが刻まれるようになった。
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