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二 退寮宣言

 寮生活というのは、気楽ではあるが面白いものでもないと、入社して一年も経つ頃にはそう思うようになった。何しろ寮の周辺には遊ぶ場所はないし、規則もある。金を貯めるには寮が一番だと先輩は言うが、そもそも遊ぶ場所がないのだから、使いようがない。暇と倹約がイコールになるかと言えば、そんなことはないと思う。 (彼女でも出来ればな)  と、ここのところ本気でそう思っているのは、何も総務の河井さんがちょっと気になっているからという理由ばかりではない。我が夕暮れ寮の退寮率が低いと、寮長の藤宮に聞いたからだ。どうにもこの夕暮れ寮は居心地がいいらしく、どいつもこいつも出て行こうとしないらしい。総務としては由々しき問題なわけだ。何故出て行かないのか? 当然、独身男子寮である。つまり、ほとんどの男子たちがおひとり様なわけである。  俺の調べによれば、彼女が居る寮生は殆ど居ない。以前301号室に居た寮生が彼女が居たようだが、結婚して退寮していった。その後は出て行った様子がない。つまりそういう事だ。 「俺が思うに、寮にずっといて男臭くなった結果、女にモテないんだと思う」 「何その謎理論?」  と馬鹿にしたような顔で笑うのは、俺の同期である寮生、|蓮田陽介《はすだようすけ》である。 「そんなガツガツしなくても、俺らまだ二年目じゃん。三年くらいは住んで金貯めろって、先輩言ってたぞ」  こっちは同じく同期の|大津晃《おおつあきら》。どちらも真剣味が足りない。 「いや、でも航平のいう事も一理あるくない? やっぱ女子に見られてないとさ、そう言うの意識しねーじゃん?」  |宮脇陸《みやわきりく》がそう言う。こいつも同期だ。一番まともなことを言っているが、ファッションセンスはドキュンである。多分こいつは俺よりもモテない。多分……な? 「お前ら、もっともらしいコト言ってるけど、そもそも貯金なんかしてるのかよ?」  俺の言葉に大津が目を逸らす。大津は蓮田と一緒になってアホなことばっかりやってるから、正直貯金なんかしてるはずがない。絶対に俺より金がないはずだ。まあ、俺もパチンコやら競馬やらで溶かしてるから、そんなにないんだけどな。でも入社した時に作らされた定期には手を付けていないから、それくらいはある。 「おれはしてるけどね? ポイ活なんかもしてるしぃ?」 「それはそれで、モテなさそうだな」 「言えてる」 「ケチくさい」  宮脇は意外にも倹約家のようだが、同期からは不評のようだ。ポイ活してるドキュンとか俺でも嫌だわ。 「要するに、航平はこのぬるま湯みたいな生活に危機感を覚えてるんだろ? 気が付いたら吉永とか鮎川みたいにいつまでも寮に――なんて、ちょっと嫌だもんな」 「それだよ」  吉永で言えば、六年も寮に住んでいるんだ。六年もあったら、小学生だって高校生になる。寮に住みついて気が付いたら最後の住人……なんてことになったら、目も当てられない。 「俺はもともと、給料が安定したら一人暮らしするつもりだったんだよ」 「ああ、なんかそんなこと言ってたよな」 「でも一人で暮らすなら寮でも良くね?」  俺はもともと、二年くらいで寮を出ようと思っていた。最初からは給与的にもきついし、慣れない生活は大変だと思った。それに、寮ならば友達も出来る。だが蓮田の言いたいことも解る。一人暮らしなら寮でも――経済的には、そうだ。寮の家賃は三万円である。この辺りの物件で三万円で済める場所なんか存在しない。相場はワンルームで六~八万円ほどだ。ついでに水道光熱費、通信費に食費と来れば、寮の方が断然に安いのである。  だが。 「寮には女の子連れてこられねえだろうが」 「まあ、確かに?」 「それはそう」 「外デートだなあ」  寮は部外者立ち入り禁止である。当然、彼女なんか連れてこられない。女の子を連れ込んでアレコレ――も、するだろうが、それ以前に、部屋に呼んでいい感じに……みたいなことは出来ないのである。健全なお付き合いにしても、部屋に呼べないのはハードルが高い。 「とにかく、俺は一年以内に、寮を出る! 絶対だ!」 「お? じゃあ俺らは賭けようぜ」 「残留に千円」 「残留に二千円」 「賭けにならねえだろうが」 「お前ら、勝手に賭けの対象にすんな」  しかも全員、俺が残ると思ってやがる。「どうせお前は一年後も同じことを言ってるよ」と、大津が笑う。そんなことはない。そんなはずはない……はずだ。 「見てろよ? お前らの金、俺が全部総どりするからなっ!」  俺の宣言に、蓮田たちは肩を竦めて笑っていた。

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