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三 フラれたみたいになってるんだが?

「カツ一個もーらいっ」 「あっ! テメェ、吉永っ!」  俺の皿から勝手にトンカツをかっさらって、吉永が大口を開けて飲み込む。 「怒るなって。オレの晩飯、分けてやるから。ホラ」 「あのなあ! アンタ、ナスが嫌いなだけだろ!」 「良いじゃん。お前、ナス好きじゃん」 「好きだけど!」  こっちは肉を盗られてるのに。仕方なしにナスを口に放り込み、残りのカツを盗られないようガードする。 (だから、一緒に食うの嫌なんだ)  悪びれなく、勝手に食うし、勝手に皿にのせるし。勝手にレモン掛けたりな!  吉永とは、なんとなく一緒に飯を食う機会が多い。別に約束なんかしちゃいないが、生活リズムが一緒らしく、洗濯も飯も、風呂も大抵、同じ時間にかち合ってしまう。そうすると、吉永は使える後輩がやって来たと、俺の方に近づいてくる。全く、たまったもんじゃない。 (まあ、全部嫌ってわけじゃねーけど)  大雑把な性格だから、俺がタメ口でも文句を言ったことはないし、遊びにも連れていってくれる。気前が良いところもある。相談に乗ってくれるタイプではないが――少なくとも、寮生活のつまらなさを緩和してくれているのは、吉永でもある。 (……コイツ何で、寮に留まってんのか、良く解らねえんだよな)  吉永は明るく、馴れ馴れしい。今は恋人は居ないようだが、すぐに出来るだろうと思う。そんな吉永が寮に留まっている理由を、俺は知らない。親しい友人がいるという訳じゃない。一番仲が良いのが俺なくらいだ。同期は二人いるが、吉永の同期はインドア派の大人しいヤツだ。吉永とはタイプが違う。 (まあ、理由なんかないのかも知れないけど)  ただ、なんとなく居るだけかも知れない。楽な方へ流れているだけかもしれない。  いつかフラッと、唐突に居なくなるのかもしれない。吉永とは仲が良いが――俺は吉永のことをよく知らない。  食器を返却し、食堂から出る。吉永の方を振り返った。 「この後、どうすんの? この前の続き観る?」  長編海外ドラマを一緒に観始まってしまったので、続きを観るときは一緒に観る感じになってしまった。まあ、動画配信契約は吉永がしてるから、吉永の部屋にいかないと観られないのだが。 「あー。今日はパス」 「あ、そ」  気のない返事を返して、部屋に帰ることにした。 (珍しい)  吉永が一人でいることは稀なので、少し意外だ。約束した訳じゃないのに、変にフラれた気分だ。    ◆   ◆   ◆ (キャシーとジョンがどうなったのか気にならないのかよ)  海外ドラマの続きを保留されたまま、一週間経ってしまった。キャシーの父親を殺したのが恋人のジョンかも知れないってのに、この先が気にならないのか、吉永は。どうなってやがる。  最近、いつもなら嫌でも絡んでくる吉永が姿を見せない。いや、正確には飯時とか洗濯室、風呂場で会うには会うのだが――それ意外で会わない。三日に一度は飲みに誘われたし、麻雀に誘われたのに、ここのところそれもない。女でも出来たのかと疑ったが、どうやらずっと寮にいるようだ。部屋に閉じ籠って何をしてるんだか。 (まさか鬱とか? いや、吉永に限って……)  あの吉永に限って鬱とか、あり得ないだろう。そう思うが、誰でもなり得るのが鬱だとも聞く。まさか。いや。でも。  悶々としながら、誰もいない部屋に戻ろうと、廊下を歩く。俺の部屋は401号室。四階だ。  回廊を曲がったところで、廊下の端の方から声がかかる。 「おーい、航平。寄ってけよ」  手を振る大津の方を見る。407号室は蓮田の部屋だ。大津はその隣の406号室である。 「何やってんだ?」 「へへっ。クラブロータスへようこそー」 「クラブロータス?」  407号室を覗き込む。部屋の奥から蓮田の「いらっしゃいませー」という気の抜けた声がした。 「うわっ、スゲー」  どこから持ってきたのか、バーカウンターがある。そこに蓮田が気取った顔で立っていた。部屋の中はオレンジの間接照明で彩られており、壁にはオシャレな絵が飾ってある。壁紙も貼ったようだ。 「一名様ご案内~」  促されるままにソファに座る。あ。このソファ、ベッドじゃん。ベッドに布を掛けたのか。ちょっと柔らかいけど、これはこれで。 「へえー。お勧めは?」 「ドライマティーニとか?」 「作れんの? ヤバ。じゃあそれで」  部屋改造し過ぎだろ。面白いけど。 「前、この店ピザ屋じゃなかった?」  前にこんなことをした時は、オーブントースターを持ち込んでピザ屋をやっていた。暇人が行動力を持つとこうなるんだな。絶対、お前ら貯金してねえだろ。 「ピザ屋は撤退して、今はバーっすねー」 「お客来てんの?」 「渡瀬と押鴨が来たよ。あと吉田と佐藤。吉田はボトル持ってきてくれた」 「流行ってんねえ」  まあ、寮内で暇してるのは俺ばかりじゃない。こんな馬鹿やってると知れば、面白がって来るだろう。  こんなに部屋を改造して、寝るときはどうしているのかと思ったら、大津の部屋で寝ているらしい。仲良いなお前ら。 (吉永でも誘うか?)  カクテルグラスに唇を付けながら、片手でスマートフォンを操作する。飯のあとそそくさと部屋に戻ったようだが、こんな面白いことを断るわけないし。  呼び出し音を数コール鳴らして、電話に出た気配がした。 「あ、もしもし、吉永?」 「……なに?」  電話の向こうの吉永が、静かに呟く。明らかにいつものテンションじゃない。 (……? なんだ?) 「今、蓮田の部屋でバー営業してんだけど。来ない?」 『え、なにそれ。おもろ』 「じゃあ来いよ」 『あー、うん。十分……ん、くらいで行くわ』 「おー」  終話ボタンを押して、電話を切る。やっぱり、こういう面白そうなことには乗ってくるよな。 (しかし、部屋でなにやってんだ? 寝てた……って感じでもなさそうだけど)  とは言え、合流するというので、ここのところフラれたみたいで気分が悪かったが、少しだけスッキリした。

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