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十一 何故かざわめく
二度あることは三度あると言うし、二日連続で誘われたのだから、三回目もあるか思ったが、普通になかった。
その代わりなのか、もう飽きたのか、三日目は吉永に飲みに行こうと誘われた。正しくは「飲みに行くぞ」だが。
仕事帰りに合流して、やって来たのは行きつけの居酒屋だ。地元の新鮮な魚を、仕入れに合わせて出してくれる、上手い肴を出す店だ。店内は狭いが、良い店だと思う。
「ここ来んのも久し振りな気がするな」
そう言って、吉永は水蒸気を吐き出した。いわゆる電子タバコというヤツだが、フレイバーばっかりでニコチンはほとんど入っていない。ポーズというヤツなのだろう。メンソールの香りがする。
「ここのところ、クラブロータスばっかだったしな」
「あれも悪くない」
ククク、と笑う吉永を、焼酎を啜りながら見つめる。笑うと、糸のように細い三日月みたいになるんだな。
「でもあそこツマミ缶詰めだし」
「ここ旨いからなァ。そういやあそこも行きたかったんだよな。魚富味」
「今度行きます?」
「だなー」
以前行こうと約束したままだった店の名前に、相づちを打つ。吉永はレモンサワーだ。そう言えばいつもレモンサワーばっか飲んでいる。柑橘類が好きなんだろう。カクテルもチャイナブルー(ライチとグレープフルーツを使ったカクテル)だったし。
「あ。テメ、タコ唐にレモン掛けなんなよ!」
「ああン? 航平くんはお子ちゃまですねェ」
「ちげーしっ。一個は掛けないで食いたいんだよ」
「またまた」
吉永は俺の抗議を取り合わず、ケラケラ笑う。こういうところが、マジでムカつく。俺は溜め息を吐き、レモンがあまり掛かっていないタコ唐に手を伸ばす。
「そういやデザ設の岩崎いるじゃん」
「あれでしょ。鮎川の犬」
岩崎というピンク色の髪が特徴の、新入社員である。同じく夕暮れ寮の住人だ。デザ設――デザイン設計部で吉永の後輩にもあたる。
「アイツ、母親がジュエリーデザイナーなんだと」
「マジっすか。金持ち?」
「家スゲーらしいよ。父親はどっかの社長みたいだし」
「うはー。見えねえ。見た目ヤンキーなのに」
「それな。よく工業デザインに来たよなァ」
金持ちかあ。うらやましい。俺んちは普通の会社員だし。母親はスーパーのパートだし。
話題は大抵、会社のこと、仲間のこと、気になる店のこと。他愛ない会話は、いつも通りだ。俺と吉永の間に色っぽい話はない。あっても、下衆な会話だけだ。それも今は、なんとなく話題に上がらない。
「そろそろ出るか。門限引っ掛かる」
「今日は言ってないもんな」
最後の一口を啜って、吉永が立つ。門限は事前に申請すれば、飲み会だろうと許可される。面倒だから大抵は門限前に帰るのだが。
レジの横で財布を出す吉永の隣に立って、ふと視線が僅かに下にあることに気づく。
(あれ。吉永の方が背、高いと思ってたけど)
身長は殆ど同じ。けど、俺の方が1センチほど高いようだ。
「ん?」
「あ、いや……」
反射的に、誤魔化すように口ごもる。別になんてことのない話なのに、何故か黙ってしまった。
支払いを済ませて、外に出る。飲むときは割り勘だが、吉永は端数分多く払うのが常だ。それを恩着せがましく言ったことは一度もない。俺もそれが当たり前みたいになっている。
外に出ると空気が冷たかった。酒で火照った頬に夜風が気持ちいい。
「うう、さむっ」
ぶるっと身体を震わせて、吉永が肩を小さくする。
「薄着してっから悪い」
「暖めてェ」
吉永がピトッと身体をくっつけてくる。ドキリ、心臓が鳴った。
「……、鬱陶しいな」
振り払うようにして吉永を遠ざける。顔が熱い。吉永が指摘してくる。
「んだよ、冷たいなァ。ん、お前、顔赤いな。そんな飲んだっけ?」
「っ……、最近、飲みに行ってなかったから……」
言い訳して、顔を押さえる。胸がざわざわする。なんだか落ち着かない。
「飲んでないと弱くなるって、うちの部長も言ってたなァ」
「飲みすぎたらアル中だけどな」
「ハハッ。確かに」
軽口を言い合って、夜道を歩く。
胸のざわめきは、治まりそうになかった。
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