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十二 キスしたい。

 価値観が変わるということは、人生において大きな意味をもたらすことがある。昨日まで正しいと信じてきたことが誤りだったとき、素直に認められるかどうかは別の問題だ。長年信じてきたことに裏切られた。そんな気持ちを抱えて、素直に受け取れない。時には、正しいと解っていても、到底受け入れられないこともあるだろう。 (あり得ない……)  溜め息を吐き出し、隣に座る吉永をチラリと見る。吉永は退屈そうな顔をしながら緩くパーマのかかった髪を弄っている。多分、テレビなど観ていない。  評判の良かった海外ドラマをかけたまま、二人揃って上の空だ。理由はドラマがクソつまらなかったことが大半だ。面白かったら集中できたのに、そのせいで隣に座る吉永の方ばかり気になっている。  今まで気にしたことがない、僅かに触れる肘や、無防備に投げ出されたハーフパンツから伸びる脚。  つまらなさそうな横顔の、ツンと上を向いた唇。  キスしたい。 (いやいや、何考えてる)  不意に過った思考に、慌てて首を振る。妙な思考を頭の中から追い出すように、また深いため息を吐く。吉永は俺のことなど気にしていないようで、ふぁと大きな欠伸をした。  あの口を塞いだら、どんな反応をするだろうか。舌を絡ませ、唇を噛んで、吸い付いてやりたい――マジで落ち着け、俺。そんなことをしでかしたら、吉永に永遠に揶揄われるに決まってる。ああ、キスしたい。 (クソっ……)  吉永に「使われて」から、多分俺は少しおかしくなってしまった。吉永と|そういうこと《・・・・・・》をしても良いと、脳が認識したのだろう。思考がバグってる。男子寮なんかにずっと住んでるから、頭がおかしくなったのかも知れない。要するに、吉永とヤりたいと思っている自分が居る。これは別に吉永に何か変な感情を抱いたからじゃない。俺は女の子が好きだし、今でも女の子が好きだ。それはそれとして、吉永とヤりたい。あの気持ち良い穴に突っ込んで、ナカに注いでやりたい。蕩ける顔で泣きながらイく吉永の顔をじっくりと眺めてやりたい。 (キスしたい……)  吉永の白い頬を見ながら、漠然とそう思った。一回目ヤった時も、二回目ヤった時も、吉永とは突っ込んだだけでセックスと言えるような行為をしていない。服もちゃんと脱いでいないし、キスもしなかった。ただ突っ込んだだけだ。 (……キスしたい)  ハァ、溜め息を吐く。  キス、したい。と、思う。ちゃんとセックスをしてみたい。吉永がどんな反応をするのか知りたい。あの唇がどんな味なのか、確かめたい。身体の隅々まで味わってみたい。  欲求が、どんどん過剰になっていく。  多分、吉永に手を出したら、吉永は怒ったりしない気がする。笑って、馬鹿にされるだけで、ヤらせてはくれる気がする。ただ、すごく馬鹿にされると思う。そう思うと、自分から誘うなんて考えられなかった。くそ。  完全にてのひらで転がされているような気がしてならないが、乗ったら思うつぼな気がする。一生頭が上がらないのもムカつくし、ことあるごとに引き合いに出されて揶揄われたら耐えられない。 (可愛くない……)  脳内で馬鹿にする吉永を想像し、苛立ちを覚える。吉永がしおらしくしたり、恥ずかしがったりするはずない。絶対に馬鹿にされる。間違いない。 「ハァ……」  思わず大きなため息が出て、口元を押さえる。チラリ、吉永を見た。 「つまんな」  吉永がポツリそう言って、「んー」と伸びをした。 「これ詰まらないなァ。止めるか」 「……だな」  正直半分も頭に入ってこなかったし。吉永はリモコンを操作してテレビを消すと、ベッドにもたれかかった。 「んぁー。こんなことなら麻雀にしときゃ良かった。今からやる?」 「……十一時半だぞ。今からメンツ集めんの?」 「それもそうか」  何か良いのないのかな、と言いながら、吉永がスマートフォンを操作し始める。俺はホゥと息を吐いて、腰を浮かせた。 「今日はもう良いじゃん。俺帰るわ」 「えー? まだ早いじゃん。明日休みだし」 「でも飽きたし」  飽きた。のは嘘じゃないが、それ以上に、一緒にいると妙なことばかり考えてしまう。部屋に帰って|頭を冷や《オナニー》したい。  立ち上がったところを、吉永がズボンを引っ張って引き留めた。 「じゃあ、何かしよ」 「……何かって……」  一瞬、ドキリとして吉永を見る。いたずらめいた瞳が俺を見る。 「んー。マッサージ、とか?」  淫靡に笑う唇に、ぞくん、心臓が鳴った。

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