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幕間1 今さら嘘とは言いにくい

 夕日コーポレーションが運営する独身男子寮、夕暮れ寮。寮としては綺麗だし、設備も悪くないので良い寮だと言えるが、いかんせん娯楽がない。コンビニは遠いし、スーパーはもっと遠い。カラオケなんかないし、ボウリングも大通りまで出ないとない。とにかく、何もない。  オレ、|蓮田陽介《はすだようすけ》はそんな夕暮れ寮において、同僚であり親友でもある|大津晃《おおつあきら》と、バカばっかりやっている。理由は簡単。娯楽がないから。  最初は、晃宛に大量のピザを注文したり、仕返しに牛丼を死ぬほどプレゼントされたり、そういうイタズラが多かったオレたちだが、ある日を堺に趣向を変え、最近じゃ蕎麦屋をやったりしている。というのも発端は、晃のバカが、『部屋の扉を開けたら、南国リゾート』にしてくれたお陰だ。いつの間にやったのか、オレの部屋を魔改造して、部屋の中に砂浜を再現し、ホームセンターで買って来たらしいビーチパラソルにビーチボール、ハイビスカスの鉢植えにリゾートで有りそうな椅子なんかが置かれていた。砂浜にはヤドカリがいるという徹底っぷりだ。正直、イカれてる。  でもまあ、そう言うノリは嫌いじゃないし、楽しかったけど、後片付けが容易じゃなかった。寮長に怒られたし。  で、それ以降は二人で実践して、同期の|久我航平《くがこうへい》や|宮脇陸《みやわきりく》を始めとした、寮のみんなを呼んで遊べる施設を提供し始めたのだ。バーとか、焼き鳥やとか、ピザ屋とか蕎麦屋とか、色々。  そんな感じに部屋を使っているもんで、オレの部屋は大抵遊びに使って、晃の部屋で過ごしている。  ちなみに、ヤドカリはペットとして飼っている。寮内はペット禁止だけど、捨てヤドカリにするわけにも行かず、寮長も許してくれたのだ。 「次はなにするよ? 晃」  ヤドカリのヤッくんに餌をやりながら、ベッドに寝転がっているはずの晃に声をかける。 「チョコバナナはやっちゃったし、テキ屋繋がりでヤキソバとか、お好み焼きとか」  あ。わたあめも面白そう。確かオモチャのわたあめ製造器って売ってるし。  そう思って問いかけるが、返事がない。不審に思って振り返ると、晃はベッドに突っ伏して眠っていた。 「ありゃりゃ」  ぐー、とイビキをかいて眠る晃の顔を覗くと、真っ赤だった。今日は部の飲み会で、先輩にだいぶ飲まされたらしい。ちょっとやそっとのことじゃ、起きそうにない。 「おーい。風呂入れよー。オレもベッド使うんだぞ」  オレの部屋が遊び部屋兼物置と化して以来、晃と一緒に寝ている。狭いベッドで寝る以上、マナーとしてシャワーを浴びずに寝るのはNGとしているのだが、揺さぶっても叩いても、起きそうにない。 「はぁ~~~? いい加減にしろよなっ」  ぺしっと頭を叩くが、晃はうんともすんとも言わなかった。元々、酒が強い方じゃない。帰ってきただけマシなのかも知れない。 「ったく……。せめてスーツくらい脱がすか……」  スーツがシワになるし、邪魔だから脱がせてしまおう。ジャケットを剥がし、スラックスを引っこ抜いたところで、ふとイタズラ心に火が着いた。 (お。我ながら、笑えるイタズラじゃん?)  起きたら、どんな反応をするのか。そう思うと自然に笑いが込み上げる。 「くっくっく……。何しても起きないんだもんなあ?」  シャツを脱がせ、ついでにパンツと靴下も脱がせ、床に放り投げる。素っ裸になった晃の姿をゲラゲラ笑いながら、布団を被せた。 「これで良し。あとは……」  今度は、自分で着ていたTシャツとスエットパンツを脱ぎ捨て、オレも丸裸になる。 「くはは。驚け晃ー」  ベッドに潜り込み、寝ている晃の隣に横たわる。身体が触ると変な感じになりそうだから、ギリギリ触れないようにして、明かりを消した。 (うむ。これで明日の朝、ビックリするが良い)  悪趣味だとか、最悪だとか、そう言って大騒ぎする晃を想像しながら、オレは夢の中に入り込んだ。    ◆   ◆   ◆ 「んー……。む、ん……晃ぁ……、次、なにすん……」  寝ぼけながら隣に寝ていた晃にしがみついて、素肌の感触にビックリして飛び起きた。 「うわっ!?」 「っ!!」  一瞬、何事か解らなかったが、寝入る前にイタズラしたのだと思い出す。 (あ、そうだ。裸で寝たんだっけ)  悪趣味なドッキリをするために、けしかけたのだと思い出し、あくびをしながら起き上がる。どうやら、晃も起きたようだ。 「ふぁ、おはよ」 「―――」  晃の反応はどうだろうと、眼を擦りながら起き上がる。  晃は絶句して、オレと自分の姿を交互で見た。ニヤニヤしてしまいそうなのを堪え、様子を見守る。 「――よ、陽介。俺」 「んー」  ああ、笑ってしまう。すごく動揺してる。 「あ―――」  ネタばらししようと、口を開きかけた、その時。 「すっ、すまんっ!」  ベッドの上で、真っ裸の晃が土下座した。 「お、おう?」 「ご、ごめん、身体、大丈夫かっ?」  心配そうに顔を覗き込む晃に、つい「おう」と返事をする。いつになく真剣で、ちょっとドキリとしてしまった。 「責任、とるから」 「は?」  責任? 何を言ってるんだ?  戸惑うオレに、晃が真剣な顔をする。 「大切にする」  ぐい。腕の中に捕らわれ、抱き締められる。素肌の生々しい感触に、ボッと顔が熱くなる。 「おっ、ちょ、おまっ……!」  裸で抱き合うとは思ってもおらず、混乱して暴れるが、晃はぎゅうっと腕に力を込めて、離してくれそうにない。 (それに、責任とるとか、幸せにするとかっ……)  何を言い出すんだ。昭和の男じゃあるまいし。 (まさか――)  からかわれている?  そんな考えが、頭を過る。もしかしたら、イタズラしてやるつもりで、イタズラされているんだろうか。オレのイタズラに意趣返しで、わざとそんなことを言っているのだとしたら。 「あっ、あのなあ。そんなのに、オレが引っ掛かると思ってんのか?」 「俺がふざけているように見えるのか? 陽介、俺は、本気だぞ」 「――っ」  真剣な眼差しに、カァと頬が熱くなる。  何を言ってるんだよ。本当に。 (だいたい、これはイタズラであって、オレと晃の間には何も――) 「あ、あのな、別に、そんなマジにならなくても……」  説明しようとして、しどろもどろになる。くそ。落ち着けオレ。 「俺は普段はふざけてるけど、こんなことでふざけたりしないぞ」 「うぐ。いや、そのぉ……」  おいおい。なんか言い出しづらい空気にするなよ。オレは悪ふざけでやってるのに。  晃の手が、頬に触れる。暖かくて、大きな手のひらに、ドクンと胸が高鳴った。 (いやいやいやいや。なんだよ『ドクン』って! なにちょっとキュンとしてんだオレ!) 「陽介……」 「うぇ?」  晃の唇が近づいて来るのが解っていたのに、押し返せなかった。柔らかい唇が押し当てられ、ぞく、と背筋が粟立つ。 「っ、ん」  ビクッと肩を揺らすオレに、晃は触れただけで身体を離した。  唇に残った感触に、真っ赤になって口許を押さえる。 「~~~~っ!」  マジで、キス、しやがった。 (う。マジで、言ってんのか) 「こんな始まりで悪い。でも、本気で大事にするからな」 「っ、この、バカっ……!」  くそ真面目に返す晃に、今さら嘘だとは言いにくく、オレは黙り込むしかなかったのだった。

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