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四十八 恋人はレモン味

「最近、大津と蓮田の様子がおかしくない? なんかギクシャクしてるというか」 「どちらかというと、蓮田がソワソワしてるように見えるけどな。大津はむしろ普通? 馴れ馴れしい?」  吉永と向い合わせになりながら、寮内の最近の様子を語り合う。俺は生ビールで吉永はレモンサワー。会社帰りにデートを兼ねて飯を食うのが増えた。話題は仕事や寮の話ばかりで、他人が視たら先輩後輩にしか見えそうにないが。 「ケンカって感じじゃないよな。何だあれ」 「良いじゃないの。放っておけば」  そりゃそうだが。なんか落ち着かないんだよな。 「って、おまっ、勝手にレモンかけるなよ!」 「唐揚げにはレモンだろーが」 「最初の一個はかけないで食いたいんだって!」  いつの間にか、注文した唐揚げにレモンがかけられている。吉永のこういうところは、相変わらずだ。俺の話なんか聞きやしない。 「くそ……」  あまりレモンがかかっていなそうな唐揚げを箸で摘まむ。何でかけちゃうかな。 「なんで? レモン嫌いだった?」 「嫌いじゃねー、け、ど……」  文句を言おうと顔を上げた先に、不適に笑う吉永の顔があった。スマイルカットされたレモンを口に咥えて、妖艶な表情を浮かべる。わざとらしくレモンを舐める顔に、ドクンと心臓が鳴る。 「っ――」  不意打ちを食らって、ずくんと股間が疼いた。血液がぎゅっと集まって、ズキズキと痛くなる。  反射的に前屈みになって踞る俺に、吉永がニヤニヤと笑った。 「どうした? 航平」 「……酸っぱそうで……」  誤魔化しながら、テーブル額を打ち付ける。  このやろう。わざとやってやがる。それに踊らされる自分にも腹が立つ。 (マジで、いい加減にしろっ……!)  今に見てろ。挑発したことを後悔させてやる。 (絶対、鳴かすっ……!)    ◆   ◆   ◆ 「ありがとうございましたー」  会計を済ませ、店員の挨拶に見送られて外に出る。夜の空気は冴え冴えとして、冷たかった。 「ふー、満足、満足」 「……」  晩酌に満足気な吉永の横で、俺はむすっと唇を結ぶ。料理や酒はよかったけれど、吉永のせいで欲求不満だ。中途半端に挑発されて、そのまま放置では堪ったものじゃない。 「コンビニでも寄るかー?」  スマートフォンの時計を見ながら言う吉永の横顔を見る。まだ門限までは余裕がある。 「なあ、コンビニ寄って――」  振り返る吉永の手首を掴み、引き寄せる。吉永が驚いた顔で息を呑んだ。  そのまま腕の中に捕らえ、顎をつかみ、唇に吸い付いた。ビクッと小さく震える肩を抱き締め、舌を挿入する。吉永の手が胸を叩こうとして、シャツを掴んだ。 「んぅ、っ……」  住宅地が近い路上は、街灯が少なく薄暗い。店の看板の明かりばかりが、煌々と光っていた。 「っ、は……航平……、っ」  唇の隙間から、吉永が声を漏らす。その声の甘さに胸が疼いた。このままめちゃくちゃにしてやりたい衝動を押さえつけ、腰に手を回す。腰から尻にかけて撫でてやると、ビクンと身体が跳ねる。吉永の額が闇夜でも解るくらい赤く染まった。 「っ……ぁん、待っ……」  抗議の声を、唇で塞ぐ。舌を軽く噛んで、舌先を擽る。唾液が顎を伝う。  ちゅ、ちゅくっと音を立ててキスを繰り返す。吉永の膝がガクンと揺らいだ。 「おっと」  ふらつく身体を支えて、立たせてやる。とろんとした顔で俺を見る吉永に、ニマリと笑った。 「なんだ、レモンの味、しねえな」 「――っ」  先程の意趣返しだと気づいたのか、吉永が睨んでくる。悪いが、真っ赤な顔で睨まれても、可愛いだけだ。 「航平っ……!」 「はやいとこ帰ろうぜ。あ、コンビニ寄りたいんだっけ?」  揶揄するようにそう言うと、吉永がじとっと睨み付けてくる。吉永はビクッ、ビクと小刻みに身体を震わせ、自身の身体を掻き抱いた。上気した頬と、濡れた唇。発情した姿は目に毒だ。 (こっちも、我慢が辛いな)  からかってやるためとは言え、お預けがツラい。早いところ寮に帰って、吉永を隅々まで堪能したいものだ。 「……」  ムスッとした顔をして、吉永が俺の腕を引っ張った。 「うぉわっ」  思いの外、強い力で引っ張られ、そのまま連れられる。吉永は無言のまま、住宅街の細い路地を進んでいく。 「っ、おい、何処に――」  何処に連れていく気なのか。寮の方向でもないし、コンビニでもない。暗い道を、ずんずんと進んでいく。 「おい、返事くらい――」  吉永の肩をつかもうと、手を伸ばしかけて、目的地が目に入った。  街灯が一つだけの、小さな公園。あるのは仮設トイレと滑り台、鉄棒だけだ。外周をぐるりとフェンスが囲い、その回りに沿うように、生け垣が作られていた。 「……え? ちょっと、吉永?」  まさか。いや。外だぞ。  まさかと思うが、吉永はそのつもりのようで、俺を公園の中に引っ張り込むと、街路樹に押し付けた。 「――」  公園内はかなり暗い。だが、住宅街で誰が来るかわからない。ついでに言えば、外である。俺の人生において、屋外で致したことは一度もない。 「お、おい。吉永。寮に帰った方が、良くないか……?」  動揺しながら、吉永を見る。吉永は荒い呼気を吐き出しながら、潤んだ顔で俺を見つめた。  はぁ、はぁと漏れる息が、やけに色っぽい。グッと込み上げるものを堪えながら、吉永を宥めようと肩に手をおく。 「よ、吉永。落ち着け――」 「お前の、せいだろうがっ……」  そう言って吉永は、俺の唇に噛みついた。

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